★放懇公式ホームページオリジナルコンテンツ<話題作を語る>第1弾★
深夜帯ながらも視聴者からの熱い支持を受け、世界各国に話題を広げたテレビ東京の木ドラ25「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」。
「チェリまほ」の愛称で呼ばれる本作の魅力を、放送批評懇談会正会員が語ります!
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“大切な誰か”を想う優しさ
永 麻理(ギャラクシー賞テレビ部門委員)
「チェリまほ」は「優しさが溢れるドラマ」と評される。実際、温かく心に沁みるさまざまな形の優しさが散りばめられているが、全編に流れ続けるのは主人公・安達を想う黒沢の非常に繊細な優しさだ。
その象徴とも言えるのが、彼が心の声も含めて幾度も口にする「安達には笑っていてほしい」という言葉である。大切な誰かに「笑っていてほしい」という表現が心を打つのは、自分がその人を笑顔にする、幸せにするという独りよがりな意思でなく、あくまでも本人の望む形で幸せでいてほしいという静謐な優しさから来ていて、自分のことより相手の幸せを願う切なさも宿るからだ。それはやがて安達にも伝播して、自分がそうしてもらっているのと同様に、一緒にいる時は「黒沢には楽しんで笑っててもらいたい」と言うようになる。
二人のこうした心の機微と通い合いを丁寧に描いた上で、安易にラブシーンを入れないのが、このドラマの秀逸な点である。筆者にとっては、二人が手を繋ぐ姿こそ、お互いへの愛おしさをこの上なく感じさせる情景だ。愛情表現における気持ちの良い清潔感はラストシーンに至るまで完璧で、その洒脱さに改めてこの作品に惚れ直したことも書き添えておきたい。
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不寛容の時代に寄り添うドラマ
滝野俊一(マイベストTV賞プロジェクトメンバー)
「人の心が分かれば恋も仕事もうまくいくのに」。そう思っている人は少なくないだろう。そんな夢のような魔法の力を使えるようになったのが、このドラマの主人公。しかし、魔法で分かったのは、自分のことを好いていたのは同期の男性社員だった……。このあたりの物語の設定はユニークで、コミカルなシーンも多く娯楽作品としても結構楽しめる。
しかし、このドラマの真骨頂はそこではない。主人公に思いを寄せる男性は、社内でも一目置かれるエリート営業マン。一方、主人公は何をやってもダメだと思い込み、半ば人生を諦めている男性。そんな自分を好きになることはありえないと思い、葛藤を始める。しかし、彼の誠実さを魔法で知るうちに徐々に引かれ始めていき、一歩前に進む勇気を持つ。そう、これは人の想いに触れるなかで、自分を解放していくひとりの青年の成長物語でもある。その過程を丁寧に描いた精細な演出は見事だ。
特筆すべきはエリート社員のキャラクター。好きな人を傷つけないように常に相手を思いやる。コロナ禍で人々の心はギスギスして、不寛容さが増す時代だからこそ、人をきちんと思いやれるこの男性は一服の清涼剤のように思える。ラストを急ぎすぎたのは残念だが、人の温かさが感じられる気持ちの良いドラマだった。
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一貫して細部まで作りこまれた丁寧さ
西森路代(マイベストTV賞プロジェクトメンバー)
いろんな場所で「チェリまほ」の魅力を語ってきた。今回はそれとは別の視点で書きたいと思い、改めて見てみると、映像のトーンが常に落ち着いていて、セットなどもそのキャラクターにぴったりとハマっているのに気づく。
安達の部屋は木造で雑然としているけれど温かみがあり、黒沢の部屋はおしゃれで整然としている。柘植の部屋は玄関のドアを開けるとすぐに中が見渡せるワンルームで小説家の部屋っぽい。こうしたセットなどの細部の丁寧さは、このドラマ全体の丁寧さに繋がっているように思えた。
毎回、終盤には事件が起こって、次回が気になるようなテンポの良い作りにはなっているものの、安達と黒沢の距離が近づくシーンでは、静寂があったり、スローモーションになったりして、じっくり見せることを恐れない。3話の、ふたりがキスしそうになるシーンでは、黒沢が持っていたペットボトルを落とすカットに何十回もトライしたというエピソードを聞いて、俳優も演出家も、細部を丁寧に描くことを大事にしていたのだとわかった。
劇中、黒沢には「ゆっくり、じっくり」というセリフがあるが、このドラマも「ゆっくり、じっくり」そして丁寧に作られているところが最大の魅力であった。
以上