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【ギャラクシー賞テレビ部門5月度月間賞】-「GALAC」2023年8月号

戦争で人生を狂わすロシア国民

NNNドキュメント’23
「国民と国家 ある日 戦争が始まったら―」
4月30日放送/24:55~25:25/中京テレビ放送

本作は、ロシアとウクライナの長引く戦争のなかで母国を脱出するロシア国民に焦点を当てた。
昨年9月、ロシア政府が軍隊経験のある一般市民を動員すると発表すると、召集を恐れて数千人がビザなしで入れる隣国モンゴルに脱出したという。モンゴルには、逃れてきたロシア人のための情報支援センターができている。シェアハウスで隠れるように暮らす若者たちは「人を殺したくないし、他人の理想のために死にたくもない」と切実な思いを語る。
以前、BS1スペシャル「ロシアの頭脳が流出する~世界のIT産業は変わるのか~」(NHK)は、世界的に見ても高度なロシアのIT系人材が戦争に関わりたくないと国外に脱出するケースが増加し、彼らの争奪戦が各国で繰り広げられていることを伝えた。
こちらは別の切り口で、戦争で人生を狂わされるロシア国民の窮状に迫った。180以上の多民族が暮らすロシアだが、少数民族から強制的に軍に召集され、最前線に送られている事実が明かされる。番組は、少数民族の一つ、アジア系のブリヤート人の男性を取材。身の安全のため顔を隠して取材に応じる彼も、単身モンゴルに逃れてきて仕事を探し、家族を呼び寄せる。せっかく故郷に建てた家も安定した生活も手放し、ブリヤートの文化に対する愛着を口にしつつも、難民としてアメリカへの亡命を目指す一家の決断は切ない。
プーチン大統領の顔が浮かぶ国家「ロシア」ではなく、国策の戦争によって幸せな日常を奪われた個々のロシア国民の姿と心情がうかがえる優れたドキュメンタリーだ。それは、モンゴル出身のホンゴルズル記者の力によるところが大きいだろう。彼女がモンゴルで取材を展開し、流暢なロシア語で彼らの想いを引き出し、受け止めたからこそ伝わるものだった。
最後の場面はウクライナ。戦争で大切な夫や父親を失った遺族が、大統領から勲章を与えられるシーンが映る。「国民のための国家か、国家のための国民か」の問いの答えは明白であるはずなのに、現実はあまりにも辛い。そして、他人事ではない。(永 麻理)

なぜ”学校事故”は繰り返すのか

NHKスペシャル
「いのちを守る学校に 調査報告“学校事故”」
5月7日放送/21:00~21:49/日本放送協会

独立行政法人「日本スポーツ振興センター」が発表した2005年以降の全国の学校事故に関するデータをもとに、この番組での調査と分析が示された。学校事故の実情が明らかになり、事故をめぐるさまざまな問題点も指摘された。
学校事故の原因にはいろいろな要素が関わっている。体育の授業や部活動中の熱中症・突然死、サッカーゴールポストの転倒、給食がのどに詰まる窒息死、教室の窓からの転落死、運動会での騎馬戦や棒倒し、ムカデ競走中の事故。登下校時の事故も起こりうる。
05年以降のデータを見ると、実に学校での事故によって1614人が死亡し、事故によって何らかの後遺症が残った人は7000人以上に上るという。
この数字には驚かざるを得ないが、それ以上にびっくりさせられたのは、学校事故の大きな特徴として、学校では同じ事故が繰り返し起きているという事実である。ある専門家は学校での事故は必ず繰り返される、と自嘲気味に語っていた。
いったいなぜ、学校事故は繰り返されるのか。同じような事故がたびたび起きているという現実を、現場の教員や教育委員会、また公立の学校を運営する自治体では、どう考えているのだろう。
番組では事故の原因となる学校内の環境を改善すべく、専門家の意見を取り入れた活動も紹介され、また発生した学校事故についての学校自体と自治体による原因調査や国への報告制度も紹介されていたが、教育界全体を覆う学校教育についての旧弊な考え方が障害になっているのではないか、とも思われる。
事故防止のための仕組みや組織を作っても、それだけでは事故は繰り返されるだろう。学校事故とはそういう現実において起きているのだ。日々児童・生徒と接している現場の教員が、直接事故防止に取り組まない限り、学校事故はなくならないだろう。教員の忙しさが常に問題になるが、番組タイトルにあるような“いのちを守る学校”にしていくには、やはり現場の教員の力が求められている。(戸田桂太)

カーナビの履歴から溢れ出るドラマ

プレミアムドラマ
「グレースの履歴」
3月19日~5月7日放送/22:00~22:50/日本放送協会 オッティモ

「グレースの履歴」は、余韻を楽しめるドラマだ。美しい絵画を鑑賞しているような思いにも駆られる。脚本・演出とともに原作小説も源孝志の手による。小説のまえがきで、源は「本田宗一郎(本田技研工業創業者)が、『エスハチ』という魅力的な車を作らなければ、この物語は書かれることはなかった」と、本田に対し深い謝辞を述べている。
その熱はドラマにもしっかり反映されていた。「エスハチ」の愛称で知られる車の正式名称は、「ホンダS800」という。往年の名車中の名車だ。聞くところによれば、撮影直前まで使用するに相応しい優れた状態の車が探し出せなかったという。ドラマに「出演」した「エスハチ」は、浜松の中古車ディーラーで見つかったそうだ。たとえれば「主役」がギリギリまで決まらない連続ドラマのようなものか。関係者は大いに気をもんだことだろう。粘った甲斐あり、劇中「主役」としての役割を十二分に果たしていた。
最愛の妻・美奈子(尾野真千子)を欧州旅行中のバス事故で失い、失意のどん底に落とされた夫・希久夫(滝藤賢一)。美奈子の遺言状を預かっていると、希久夫の元を訪れる老弁護士(石橋蓮司)。実は美奈子は密かに重い病と闘っており、同時に不妊治療もしていたことがわかる。美奈子の遺言には愛車「グレース」を希久夫に譲ると記されていた。その「グレース」こそ「エスハチ」、すなわちホンダS800だ。
海外へ一人旅に向かう前、美奈子が国内の数カ所を訪れていたことが「グレース」のカーナビ履歴から判明する。妻の行動に不信を抱いた希久夫は、わざわざ免許を取得し履歴を辿る旅に出る。藤沢、松本、近江八幡、尾道、松山。魅力溢れる景色と深紅の「グレース」が見事に溶け合う。滝藤、尾野はもちろんだが、週替わりで出演する共演者はみな、作品の「品」を損なわない俳優陣だ。美奈子の自分に対する深い愛に改めて気づく希久夫だが、物語の魅力はそこにとどまらない。私を含め複数の委員たちが、月評会でもその魅力を熱く語っていた。(影山貴彦)

人間を苦しめ続ける核の脅威

ETV特集
「市民と核兵器~ウクライナ 危機の中の対話~」
5月20日放送/23:00~24:00/日本放送協会

このドキュメンタリーはウクライナに住む祖父と孫の対話で始まる。核を持っていればロシアの侵攻を防げたのではないかと言う孫のボグダン・パルホメンコ。冷戦の終結とウクライナ独立を見届けてきた祖父のウラジミールはロシア侵攻後も核放棄の決断は正しかったと語る。1991年ソ連崩壊に伴いウクライナが独立したとき、国内には1900に上るソ連の戦略核兵器が配備されていた。国民的な議論の末ウクライナは核兵器放棄を決断。米・英・ソが安全保障を約束したブダペスト覚書は、冷戦後の核軍縮の象徴とみなされた。そのウクライナが今、ソ連の核の脅威に晒されている。対話から2カ月後祖父は亡くなり、彼が遺した言葉の意味を考え続けるボグダンは、ウクライナに生きるさまざまな立場の人々に核兵器に対する考えを尋ね歩く。
「核兵器がなかったから侵略された」「核兵器を放棄すべきではなかった」という声は多い。しかし戦場で実際に戦っている友人は「核兵器は安全保障上欲しいけど、放棄の決断は正しかった」とジレンマを語り、もしウクライナに第2のプーチンが現れたら、そのとき自分たちが核の脅威になると恐れる。戦場の悲惨さを見続けてきた医師は「核戦争に勝利者はいない。核兵器を持って一体どこに撃つのか?」と問いかける。
核の恐怖に苦しみながら煩悶するウクライナ市民の切実な声と交錯するのは、オバマ政権の「核なき世界」を構想しウクライナの核廃絶にも尽力したウィリアム・ペリーの言葉だ。日本駐留で原爆の破壊力を目の当たりにしたペリーは「核なき世界が可能かもしれないと感じた輝かしい瞬間」の後のNATOの拡大や軍備増強はソ連に対する敬意のない対応だったと分析し、ウクライナの現状に失望をにじませる。だが、ソ連時代に教育大臣を務めたボグダンの祖父の「(核放棄は)人類の平和のために必要なプロセスだった」というインタビュー発言に「お会いしたかった」と表情を緩めたペリーの「核兵器は人類の脅威であるが政治状況が変わりさえすれば再び核廃絶の方向に動き出す」という言葉に希望を繋ぎたいと思う。(古川柳子)

★「GALAC」2023年8月号掲載