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【ギャラクシー賞テレビ部門2月度月間賞】-「GALAC」2023年5月号

今よみがえる!手塚治虫の筆致

浦沢直樹の漫勉neo
「手塚治虫」
2月3日放送/25:00~25:49/日本放送協会

NHK特集「手塚治虫・創作の秘密」(1986年放送)という傑作ドキュメンタリーがある。当時56歳だった手塚の仕事現場に密着し、アシスタントも入れない作業部屋に小型カメラを設置して、記録したものである。作品ごとに異なるレコードをかけ、執筆中にテレビを見たり、壁に倒立をしたり、机に突っ伏して寝る、貴重な手塚の執筆風景が映されている。
「浦沢直樹の漫勉」は、この番組を参考に生まれたという。2015年にレギュラー化して以降、「漫勉」は東村アキコ、萩尾望都、さいとう・たかを、「漫勉neo」は、ちばてつや、諸星大二郎、安彦良和といった錚々たる漫画家たちの作業現場に密着してきた。下書きや描きなおし、線を引く音や息づかい、執筆中の迷いまで伝わってくる。だが、本シリーズには、どうしても手塚治虫という大きな不在があったことは否めない。もう直接本人に聞けないことはわかっている。けれども、どうしても聞いてみたい。「どうやってこの線を書いているんですか」と。あえて手塚を取り上げたのは、そうした浦沢の心残りがあったからに違いない。亡くなった漫画家を扱う初めての回となった。
圧巻だったのは、残された手塚の執筆途中の原稿を推察していく場面だ。浦沢は『ブラック・ジャック』で何度も描きなおされる肩のラインから、手塚の逡巡を読み取る。ベタ塗りで消えてしまう腕のラインや、髪で隠れる右目が下書きされていたことも発見する。雑誌の廃刊で幻の原稿となった『火の鳥 乱世編』からは、セリフから書き込む手塚の執筆プロセスを浮き彫りにする。元アシスタントの証言も借りながら、浦沢が手塚になりきって彼の思いを代弁していく。これは圧倒的な画力をもつ浦沢直樹の知性があるからこそ、可能となった作業だろう。手塚の執筆癖を真似てアトムを描いてみせた浦沢の背後には、楽しそうに覗き込む手塚の姿が見えたような気がした。浦沢の解説も、手塚ははにかみながら聞いていたに違いない。
さまざまな漫画家を取り上げてきた「漫勉」が、見事に神の不在を乗り越えた瞬間であった。(松山秀明)

テレビ創成期にあふれる「夢」や「熱」

テレビ70年記念ドラマ
「大河ドラマが生まれた日」
2月4日放送/19:30~20:45/日本放送協会

熱烈な「大河ドラマ」ファンではないが、このドラマには没入した。「〇周年記念作品」的な番組に対してたいてい距離を置きがちな私が、前のめりになって見た。「大河ドラマが生まれた日」の成功は、関係者たちの力が結集してのことだろうが、金子茂樹の脚本に拠るところがとりわけ大きく映る。第38回向田邦子賞を受賞した「俺の話は長い」(日本テレビ)では、会話の紡ぎ方が絶妙で、主演の生田斗真はリズミカルな喋りで金子の世界観を見事に表出した。今回、生田が主演に抜擢されたことは大いに頷ける。阿部サダヲらとの掛け合いが光った。
大河や周年ものに漂いがちな、スケールの大きさに伴う大仰な感じがほとんど感じられなかった。NHK側も「コメディ」と記しているとおり、その軽やかさは見る者を明るい気持ちにさせてくれた。軽すぎるとする向きもあろうが、若者を中心とするテレビ離れを食い止めることが大命題のテレビとして正しい選択だったと思う。
1962年、テレビがまだ「電気紙芝居」と皮肉られていた頃、「映画に負けない日本一の大型娯楽時代劇」を作れと、NHK芸能局長の成島(中井貴一)は、部下の楠田(阿部)と山岡(生田)に命じる。物言いは、まさに「昭和そのもの」。夜を徹しての撮影など、今なら「働き方改革」で即アウトだ。
けれど、そこにはテレビに関わる人の「夢」や「熱」が多く内在していた。「マス」メディアのテレビだが、作り手たちが番組を届けたい対象の原点は、実は「大切なひとり」にある。本作ではそこを説教臭くなく見せた。もちろん今、「夢」や「熱」がなくなったとは思わないが、溢れるほどにあるとは言い難いか。
このドラマの特徴は決して昔を美化して懐かしく想起させるものだけではない。テーマは創成期のテレビではあるが、現代を生きるすべての人への「応援歌」として受け止められ得る作品だろう。
NHKに残るアーカイブ映像を十分効果的に活用していたところも併せて評価したい。(影山貴彦)

地元局が追い続けた、もう一つの拉致事件

テレメンタリー 2023
「沈黙の月『寺越事件』忘れられた母子」
2月11日放送/4:50~5:20/北陸朝日放送

2002年10月15日、北朝鮮に拉致されていた5人の拉致被害者が日本に帰国した。5人は晴れやかな笑顔で飛行機から降り立ち、出迎えの人々と抱き合って、感激の再会を果たした。歴史的な瞬間だった。
本作は20年前の、この5人の拉致被害者帰国の歓喜の場面で始まり、次のシーンでは歩いてくるスーツ姿の男性が映る。来日中の日本から北朝鮮に帰国する人物と説明された。金英浩(本名・寺越武志)さんである。番組は北朝鮮に住む寺越武志さんと母親の寺越友枝さんの60年に及ぶ苦難の歳月に寄り添い、継続されてきた取材が結実したものである。
1963年、13歳の武志さんは二人の叔父と一緒に漁に出て遭難し、行方不明となったが、24年後に北朝鮮で暮らしていると知らされた。あのとき日本海で北朝鮮の船に“人道的に”救助されたのだという。
母の友枝さんは掃除婦の仕事をしながら渡航費用を捻出し、北朝鮮に人脈を持つ政治家の支援を得て、たびたび武志さんに会いに行った。そして、ある時期から「拉致」という言葉を自ら封印したという。母が拉致と語れば、平壌での武志さんの立場が危うくなるだろうと考えた末の決心だった。「拉致被害者家族会」とも関係を断った。
武志さんは平壌市職業総同盟副委員長の要職にあり、平壌の高層マンションの13階に住んでいる。そして、日朝首脳会談直後に北朝鮮の訪日団副団長として来日し、滞在後、当たり前のように北朝鮮に帰国していったのである。訪日してすぐまた北朝鮮に戻るという事例を示すことが北朝鮮政府の対日外交戦略なのか。
卒寿を過ぎ、もう訪朝はままならぬ友枝さん。平壌の息子も見ているはずの夜空の月をともに見つめて、心の安寧を保っているのか。年月を追うごとに画面の友枝さんの老齢化がわかり、暗澹たる気持ちになる。
北陸朝日放送の中島佳昭記者は2007年から継続して、この母と息子の境遇の取材を続けてきたという。地域の人々との親密な関係を築いて続けてきた地元局ならではの取材姿勢を称賛したい。(戸田桂太)

死亡退院78%の人権侵害と生命軽視

ETV特集
「ルポ 死亡退院~精神医療・闇の実態~」
2月25日放送/23:00~24:00/日本放送協会

入院患者が死亡により退院することを「死亡退院」という。厚労省によると精神科病院における全国の死亡退院率は約8.2%(2020年)。しかし、番組が算出した東京・八王子市の滝山病院のそれは過去10年のデータで78%(1498人中、1174人が死亡)。その割合はあまりにも異常だ。
この滝山病院の入院患者と接する相原啓介弁護士に番組は1年近く並走。相原は2022年4月、ある患者の退院支援に動こうとするが、その矢先に患者が急死。死亡診断書の記述は原因不詳。腑に落ちない一件が相原を強く駆り立てる。「とにかくこの病院は片っ端から1秒でも早く逃がさないといけないんだ」と。
いったいこの病院で何が起きているのか? 一般に精神科の閉鎖病棟を持つ施設は立ち入りに制約がある。加えてコロナが面会を制限してきた。覗き見ることが難しい内部に番組は切り込む。患者を見下し威圧する病院スタッフの音声。患者の頭をひっぱたく看護師の映像。拘束具の乱用を示す画像。病院と患者の不当な関係を明かす素材が次々に示される。特に目を見張ったのは、ベッドが並ぶ大部屋を映す定点映像だ。高い位置から見渡すアングルは映像も音声も明瞭。内部協力者から提供されたという。質の高い記録がインパクトを帯びながら調査報道の説得力を引き上げていた。
滝山病院における患者の人権侵害と生命軽視。その背景には家族、病院、透析治療、生活保護、福祉事務所、行政、国、医療費などの利害関係が互いにもたれあう構造があることを番組は浮き彫りにする。さらに朝倉重延院長の前歴(2001年、朝倉病院事件)。保険医資格取り消しからの復帰。現在の彼が所有する高級スポーツカーの空々しさ。当病院の異常な死亡退院率に繋がる断片を幾重にも示した。
闇は根深い。だが、番組内でも触れたように2月15日(放送11日前)に警視庁は滝山病院を捜索、看護師一人を逮捕した。以後、捜査は継続中だ。東京都も立ち入り検査を始めた。相原弁護士と賛同者の活動が行政を動かした現実が一筋の光である。(松田健次)

★「GALAC」2023年5月号掲載