オリジナルコンテンツ

【ギャラクシー賞テレビ部門9月度月間賞】-「GALAC」2022年12月号

ロマンスよりバディの展開が“今”

金曜ドラマ 「石子と羽男-そんなコトで訴えます?-」
7月15日~9月16日放送/22:00~22:54/TBSテレビ TBSスパークル

とにかく二人の関係が心地よいのである。本作は、司法試験に4回落ちた東大卒パラリーガルの石子こと石田硝子(有村架純)と、一発合格した高卒の弁護士・羽男こと羽根岡佳男(中村倫也)のコンビが、マチベンとして小さな訴訟に関わっていくうち、大規模な不動産投資詐欺に巻き込まれるというストーリーだ。二人の社会的地位の格差や男女の性差、石頭から来ている石子というニックネームから、堅物のヒロインが型破りな男性弁護士のおかげで変わっていくといったありがちなドラマを想像するかもしれない。しかし本作はそうではない。石子はトラウマを乗り越えられず、羽男もまた強いコンプレックスを抱えている。このドラマでは、そんな弱い二人が互いの弱点を補い合い、力を合わせてさまざまなトラブルに向き合い、優劣のない対等な関係を築いてゆくのである。
二人が寄り添うのも、誰にも迷惑をかけず真面目に日々の生活を営む弱い人々だ。彼らが所属する潮弁護士事務所は「真面目に生きる人々の暮らしを守る“傘”になろう」というモットーを掲げており、そのモットーを日々実践する。彼らに持ち込まれる相談は、無断で充電する客に損害賠償を求めるカフェ店主や、子どもが勝手にゲームに課金したお金を取り返したいシングルマザーの案件など、一見取るに足らないようなことばかりだ。しかしその裏には私たちの生活を脅かすより大きな社会問題が潜んでいる。二人は、法は弱い人々のためにあると信じ、不動産投資詐欺を陰で操る権力者の御子神慶(田中哲司)にもマチベンならではのやり方で立ち向かう。
タイムリーな社会問題の取り上げ方も絶妙だが、本作の大きな魅力は、二人が互いを思いやりながらも恋愛関係にならないところだと思う。石子は不器用な青年・大庭蒼生(赤楚衛二)と交際し、羽男とは仕事への誇りを共有するパートナーであり続ける。男女が心を通わせれば必ず恋愛に発展するというお決まりのパターンが、軽やかに乗り越えられていることに拍手を贈りたい。(岡室美奈子)

国交正常化50年、中国残留婦人の労苦

NHKスペシャル「中国残留婦人たちの告白 ~二つの国家のはざまで~」
9月24日放送/22:00~22:50/日本放送協会

日中国交正常化50周年関連の映像で印象的だったのは、50年前の調印式で、田中角栄首相と周恩来首相が握手をするシーンだ。両者の右手に強い力が込められているのが画面から伝わり、田中首相の大きく見開いた両眼には心の内の高揚が見て取れる。「国交正常化」への期待や思惑が表情に漲っている。  国交正常化は、日本へ帰れないまま中国に“残留”していた日本人にとって、帰国実現に向けた前進だった。誰もが戦前、戦中、戦後を通じて日中両国家に翻弄されてきた人々であり、そこには満蒙開拓に夢を託した多くの女性たちもいた。
終戦直前の満州ではソ連の侵攻より前に日本の軍隊が逃亡し、女性と子どもが取り残された。そこへ「居留民はできうる限り定着の方針」という日本政府からの電報が来たという。国家による「棄民」である。
飢餓や病気、ソ連兵による性暴力の恐怖におびえる逃避行の間に多くの女性が亡くなり、生き延びたおよそ4000人が中国にとどまることとなったのだ。
1949年の中華人民共和国成立後、毛沢東は53年から日本人の集団帰国を進めた。だが、これは冷戦下、アメリカ寄りの日本の姿勢を中国に向けさせようという「外交カード」の狙いがあったという。個人が国家の思惑に翻弄される事情は戦後も変わらない。
十代半ばに満蒙開拓で大陸に渡った女性たちも、すでに90歳を過ぎた。その生涯の悲しみや労苦は想像を絶するものだった。文化大革命では日本人というだけで厳しい批判に晒され、やっとのことで日本に帰国しても行政の固い対応に戸惑い、人々の冷たい視線を浴びてきた中国残留婦人たち。
この番組は、1990年代から中国と日本で二人の記録者が撮り続けた37人分、200時間に及ぶ残留婦人の証言を基にしている。それらに加えて、NHKが、現在もご存命の7人の方に新たな取材を重ねたという。
その、新たな取材のカメラの前で自らの生涯を語る卒寿を過ぎた女性たちの重い言葉と苦悩に満ちた表情は忘れがたい。(戸田桂太)

数学が好きになる、常識破りの番組

「笑わない数学」
7月13日~9月28日放送/23:00~23:30/日本放送協会

まずなによりも、この番組の果敢なチャレンジ精神を高く評価したい。
一つは、数学という難解で、いかにもテレビ向きではないテーマに真正面から取り組んだこと。そしてもう一つは、BSの単発ドキュメンタリーなどではなく、地上波のエンターテインメントとしてレギュラー番組化したこと。いずれも、教養娯楽番組に新風を吹き込む、常識破りのチャレンジと言うに相応しい。
そしてその試みは、確実に成功している。解説役はパンサーの尾形貴弘という意外な人選。だがその奮闘ぶりをハラハラしながら楽しんでいるうちに、私たちは「数学の世界とはこれほど魅力的で、しかも奥深いものなのか」ということをいつしか実感している。
まず、数学者たちの織りなす歴史が魅力的だ。さまざまな理論や証明の裏には、数学者たちの苦闘の歴史がある。何百年も費やして解決される問題も珍しくなく、気の遠くなるようなその学問的営為に尊敬の念が湧く。その一方で、ギャンブルで勝ちたいがために生まれた確率論、決闘で亡くなった革命家・ガロアなど数学者たちがとても人間臭い一面を持つことも知れ、数学がこれまでよりぐっと身近なものに感じられた。
身近と言えば、数学が現代社会の生活に欠かせないものであることも、この番組を見るとよくわかる。例えば暗号理論が、私たちにもお馴染みのオンラインショッピングの仕組みの基盤になっていることなどは、この番組で初めて理解したという人も多いのではないだろうか。ほかにも株式市場と確率論の密接な関係など、目からウロコの場面が少なくなかった。
そしてこの番組は、私たちが物事に取り組む際に必要な姿勢も教えてくれる。どんな難題であっても、わからないことをそのままにせず考え続けることによって活路は開かれる。数学者たちは、発想の転換と創意工夫によって、極め付きの難問の解決に光明を見出してきた。それは、数学以外にも当てはまるだろう。もちろんこの番組も、そんな発想の転換と創意工夫がもたらした優れた成果にほかならない。(太田省一)

コロナ禍のリアルがよみがえる

夜ドラ 「あなたのブツが、ここに」
8月22日~9月29日放送/22:45~23:00/日本放送協会

2020年、新型コロナという未知のウイルスに怯えていた初の緊急事態宣言下、それでも毎日ほぼ定時に停まる宅配トラックが家の窓から見え、静まりかえった町で一人忙しそうに動き回るそのドライバーさんに、大いなる感謝と申し訳なさを覚えていたのを思い出す。まだ記憶に新しいあのころを、こんなにも鮮やかに、そしてリアルに描いたドラマがあっただろうか。
シングルマザーの亜子(仁村紗和)はキャバクラで働きながら娘の咲妃(毎田暖乃)と暮らしていたが、コロナ禍で店は閉まり、そのうえ給付金詐欺にひっかかって困窮。お好み焼き屋を営む母(キムラ緑子)のもとに転がり込み、キャバクラの客の社長(岡部たかし)の宅配会社でドライバーの仕事を始める。最初、本腰のつもりもない彼女は派手なネイルのまま、荷積みも配達もおぼつかず、先輩の武田(津田健次郎)からも客からも怒られてうまくいかないことばかり。
亜子が徐々にプロ意識と自信を持ってゆく日々と並行して、度重なる緊急事態宣言に翻弄される飲食店、失業、自死、学校でのいじめ、ギスギスする人間関係など、コロナ禍で起きたさまざまな社会問題が描かれる。劇中のテレビ画面に時折映る当時のニュース映像と相まって、この2年半の世の中の現実が視聴者の脳裏に蘇ってくる。また、今作は細かな日常の描写にも徹底してリアリティがあった。働くドライバーたちのマスクの息苦しそうな顔、帰宅時に必ず店の入り口の消毒液を使いながら入ってくる亜子、転校して新しくできた友だちのマスク顔しか知らない咲妃……。
よく練られた脚本・演出と役者たちの好演によって、シングルマザー母娘3代の想いや宅配ドライバーたちのプロの矜持、荷物を受け取る人たちそれぞれの様子が実に丁寧に描かれ、突然陥ったつらい日々を懸命に生きる人間一人ひとりが、しみじみ愛おしく思えた。そしてエンディングを彩るウルフルズの『バカサバイバー』のなんと力強いこと! 亜子たちのキレッキレのダンスに「よし、明日も頑張ろう」と励まされた視聴者は決して少なくないはずだ。(永 麻理)

★「GALAC」2022年12月号掲載