地域だけで支え合う老々介護
テレメンタリー2022「おいだば、時給125円」
5月28日放送/4:50~5:20/秋田朝日放送
旧・南外村(現・大仙市)は、秋田出羽山地、雄物川の支流・楢岡川沿いのダムの奥にある高齢化した豪雪の村である。村で唯一のスーパーは9年前に閉店。近隣の街までバスは2時間に1本。車でも30分以上。そこまで買い物に行かなければならなかった。
住民たちは自治体と相談しNPO法人を立ち上げ、小さな共同運営のスーパーを始める。しかし高齢化で独居老人も増え、運転免許を持たない老人はその店に行くのも困難。そこで一昨年から始めたのが秋田県で初めてという住民が運営する移動販売車。そのスタッフももちろん地域住民で、4時間働いて500円。時給は125円と、こういうわけだ。
販売車の運転手を務める元郵便局員の老人も「いつまで続くかわからないが、やれる人間がやらなければ」と頑張る。週に4回のこの販売車のみが命綱と、家の前でぽつりと座って待つ老女もいる。いわば公助も自助もほとんどなく、地域だけでの老々介護とでもいうべき互助の日々が淡々と描かれる。
村に若者の姿はまったくなく、登場するスタッフの老人もお客の老人も、みなほとんどが独りで暮らしている。動ける者が仕入れと販売で頑張ってはいるが、これがいつまで続けられるのか、誰にもわからない。そんな切ない状況をカメラが淡々と追う。そこに山田杏奈のナレーションが、ゆったりと、冷たくはなく、しかし切実でもなく、感情的になるわけでもないながら、独特の温かみを持って重ねられる。その演出が静かに老いながらも前を向いて歩む村の姿を真っ直ぐに伝えてくれる。視聴後に強く「コク」の残る映像作品に仕上がっている。
思えばこうした買い物難民高齢集落は、日本各地に存在しているだろうことは想像に難くない。のみならず例えば昭和30年代に開発された団地などでも同等の問題が発生する可能性は少なくない。お互い様だからと動けるところばかりではないかもしれない。そんな生活の基本の危機に思いを馳せるきっかけをくれる、実にソウトフルなドキュメンタリーだ。(兼高聖雄)
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近未来SFドラマの野心作
土曜ドラマ「17才の帝国」
5月7日~6月4日放送/22:00~22:50/日本放送協会
時は202X年。超高齢化、経済の閉塞、斜陽国の烙印を押された日本政府はその状況を打破するために、実験都市ウーアをAIソロンと若者の力で復興させる実験プロジェクトを打ち上げた。AIに選ばれた総理大臣は17歳の高校生、真木亜蘭(神尾楓珠)。閣僚たちも未熟ながら理想の社会づくりに熱意を燃やす20歳前後の若者たち。日本政権の官房副長官であり、AIによる政治改革を目指しこのプロジェクトを主導する平清志(星野源)が彼らのお目付け役を担う……そんな舞台設定の近未来SFドラマだ。
AIの膨大なデータとリアルタイムでガラス張りの住民投票を駆使し、既得権益がはびこる市議会の廃止や市の職員の削減、既成事実として進められていた商店街の再開発の見直しなどを次々に決めていく若者たち。当然、既存勢力との間に激しい軋轢も起こる。「老害」の描き方は若干ステレオタイプだが、AIと若者たちに立ちはだかる重鎮を演じる柄本明、田中泯ら実力俳優の重厚な存在感と、少年総理の鮮烈でまっすぐな視線が見事に交錯する。
一方、ソロンの生みの親である平も、実はウーアの総理大臣に応募していた。だが、AIは彼を選ばなかった。「なぜ?」と問い詰める平に、AIは「あなたは理想を語りながら私との対話で一度も本当のことを話さなかった」と返す。17歳の総理の性急さに危うさを感じていた平も、彼が政治を目指した切実な原点を知り、「市民の声を聴くと約束したから」と敵対する人々とも直接向き合い続ける姿を目の当たりにして、平自身が失ってしまったものを認識していく。
AIは問いかけ方次第でさまざまな選択肢を提示してくるし、暴走もする。AIをブラックボックスとしてではなく、それを扱う人間がどういう世界を見ようとするのかを映す「鏡」として描く姿勢にも共感できた。最後をどう見るかは意見が分かれるところだが、その噛み切れないもどかしさは、今の時代のリアリティなのかもしれないと考えさせる野心作。5話完結ではもったいなかったとの声も多かった。(古川柳子)
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海底‟大航海時代”が始まっている
NHKスペシャル「追跡・謎の中国船~“海底覇権”をめぐる攻防~」
6月26日放送/21:00~21:50/日本放送協会
最後のフロンティアといわれる海底の石油、天然ガス、希少鉱物などの資源をめぐって覇権争いが激しさを増している。番組では、攻勢を強める中国の調査船や浚渫船の動きをAIS(船舶自動識別装置)のデータ10年分を分析して可視化した。
中国の調査船の、日本のEEZ(排他的経済水域)での特異な活動は10年間で60回以上に及ぶ。その航跡はアジアのみならず世界中に広がり、幾何学模様に航行し海底の地形を調べ、スキャンするように航行し資源を調査している。南鳥島のEEZ内では、レアアースの含まれた泥が日本の調査で採取されているが、中国の調査船はEEZの南側に沿って弧を描くように調査を行っている。日本の関係者は、「日本の情報などを中国はしっかりウォッチングしている」と話す。
中国の浚渫船が、台湾周辺に集まって海底の砂をパイプで大量に吸い上げている。浚渫船の航跡を追うと、台湾沖からいったんフィリピン、インドネシアに立ち寄った後、香港に向かう不審な動きが見られた。台湾の関係者は、不法に採取した砂を別の原産地証明を取ることで、“洗砂”して合法化し、巨額の利益を上げているとみている。また、中国は浚渫船を使って、南シナ海のサンゴ礁を埋め立て、7つの人工島をつくって軍事拠点化した。アメリカの国際問題の研究所は「国際法違反の行為だ」と非難している。
沖ノ鳥島のEEZからパラオに延びる大陸棚について、地形的、地質的に陸と繋がっているとして日本は海洋法上の「延長大陸棚」だと主張し、パラオも同様な主張をしている。これに対して、中国は調査船を使って調査して反対し、対立が先鋭化している。
日本の関係者は、「大航海時代に世界の海に乗り出したスペインやポルトガルのように、中国は海底に向かっている。他の国は追いついていない」と話す。中国船の10年分の航跡を可視化して明らかになった海底資源をめぐる熾烈な争い。国益の拡大を目指す中国にどう対処すべきか、日本が直面している厳しい現実を突きつける番組だ。(石田研一)
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たっぷり山下達郎、至福の特集
関ジャム 完全燃SHOW「山下達郎特集」
6月19日、26日放送/23:00~23:55/テレビ朝日
山下達郎が2週にわたりインタビューに答えたこの特集、長い番組史上でも屈指の内容の濃さと言える。
まず飛び出すエピソード一つひとつが面白い。大ヒット曲『クリスマス・イブ』のアカペラコーラスパート約50声分を自分一人で多重録音した話など、どれも思わず聞き入ってしまうようなものばかりだ。
また、随所で語られる日本のポップミュージックとその歴史についての鋭い分析も特筆される。例えば、子音の使い方など独特の歌唱法をめぐり、話は洋楽のメロディと日本語の関係に及んだ。山下によれば、そうした歌唱法は洋楽に乗りにくい日本語のハンデを克服しようとした結果たどり着いたものであり、そこから話題は、音楽教育が国語教育に比べて軽視されがちな日本の教育のことにまで広がっていった。
番組の演出も良かった。「テレビには出ない」ことで有名な山下達郎は今回も動く姿では登場せず、流れるのはインタビューの音声のみ。そして画面には、彼の言葉が一字一句大きなテロップで表示される。話を耳で聞き、同時に目でも確かめるという演出には、ラジオともまた違う「読むテレビ」の魅力があった。
加えて、締めくくりに音楽家・山下達郎の核心に触れる話を持ってきた構成も見事だった。
いま海外で、日本の「シティポップ」がブームになっている。山下達郎の音楽も人気だ。そこでインタビュアーは、海外でのライブの可能性を聞いた。だが彼は、即座に「ありません」と答えた。
山下達郎の同世代の多くは今、Uターンして故郷で暮らしている。一方、70年安保などでドロップアウトした山下のような人間は、音楽の世界に入った。ポップカルチャーとは「大衆への奉仕と人間が生きることに対する肯定」と考える彼にとって、奉仕する相手はまず同世代の人々だ。だから彼は、時間があるなら海外よりも日本のローカルタウンに行くことを選ぶ。
「音楽の職人」的イメージの山下達郎だが、実は根底には同世代の人々への強い使命感がある。その真摯な言葉はとても感動的なものだった。(太田省一)
★「GALAC」2022年9月号掲載