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【ギャラクシー賞テレビ部門11月度月間賞】-「GALAC」2022年2月号

マツコのテレビへの厳しい愛情

マツコ会議
「ゲスト・阿佐ヶ谷姉妹」
11月6日放送/23:00~23:30/日本テレビ放送網 SION 極東電視台 ザイオン

今、最も熱のこもった、そして最もスリリングなテレビ論が展開される番組、それが「マツコ会議」だ。
11月6日放送回のゲストは、阿佐ヶ谷姉妹。二人をモデルにしたドラマが作られるなど、今や時の人である。だが一見“普通のおばさん”といった感じの阿佐ヶ谷姉妹が、なぜ今これほど支持されるのか?
マツコ・デラックスは、阿佐ヶ谷姉妹のような人を「実はテレビってずっと出してなかった」と言う。今のテレビは「ものスゴく中庸な薄まったところがメイン」になっている。ところがそこに、阿佐ヶ谷姉妹のような“場末感”溢れる存在が注目され始めた。
それは、内輪ではしゃぎがちなテレビの雰囲気に飲み込まれることなく、“場末感”を自覚し、ずっと変わらないでいる二人の姿に、視聴者が強い共感を抱くからだろう。本当はただの「いいおばちゃん」ではないのだが、それだけ二人の「地に足のついた生き方」を見て正しいと思うほど、今テレビは正しくない人間をいっぱい出している。マツコはそう分析していた。
11月13日放送回のCreepy Nutsとの対話もまた、とても熱く、興味深いものだった。音楽で成功した現在もバラエティ番組に出続ける二人を見て、マツコは、バラエティでカッコ悪い自分をさらけ出すことが、彼らなりの「日本的なヒップホップ」の表現なのだろうと言う。ただ、それをテレビでやる限り、ヒップホップが本来の社会への怒りを訴える音楽として浸透せず、単なる流行として消費されて終わってしまう危険性もあるのではないか。
そうしたなか、DJ松永が号泣し、マツコがもらい泣きする場面もあった。それは、テレビという枠のなかで、いかに消耗することなく自分のコアな部分を守り続けるのか、ともに真剣に悩むがゆえの涙だった。
マツコの言葉は、現状のテレビに対し、手厳しい。だがその端々からは、常にテレビに対する深い愛情が感じられる。未曾有の転換期にあるテレビは今後どうあるべきなのか? この番組は、そのことを本質的に考える貴重な手がかりを与えてくれる。(太田省一)

「国境なき医師団」思想の原点

アナザーストーリーズ 運命の分岐点
「国境なき医師団は“声を上げる”~人道支援という闘い~」
11月9日放送/21:00~22:00/日本放送協会 NHKエデュケーショナル スローハンド

1971年、わずか13人のフランスの若い医師たちによって設立された「国境なき医師団」。現在、38の国と地域に事務局を置き、4万人のスタッフを擁して紛争地や災害現場に素早く駆け付けて、苦境に喘ぐ人々への無料の医療活動を続けている。99年、この継続的な活動に対してノーベル平和賞が授与された。
番組は「国境なき医師団」の決して平坦ではなかった歴史を辿り、人道支援の思想を克明に伝えている。
創設者の一人、ベルナール・クシュネールは1968年、五月革命のデモの中の若い医師だった。“公平ではない世界を平等にしたい”と考え、ビアフラで飢餓に喘ぐ子どもたちを救う国際赤十字の活動に参加した。
だが、その地で彼は“医療だけでは人々の苦境を救えない”と実感し、ビアフラの現実を全世界に訴えようと考えた。“声を上げよう”としたのだ。しかし、国連や政府機関から資金提供を受ける赤十字は現地の政治に関与できない。彼は否定され、赤十字を辞めるが、これがのちの「国境なき医師団」の活動思想の原点となる。一般からの寄付金だけで運営する自立した立場こそが“声を上げる”権利を保障しているのだ。
「国境なき医師団」の活動の軌跡は、そのまま20世紀後半の戦争と紛争の世界史である。1980年、ポルポト派恐怖政治時代のカンボジア国境での「生存のための行進」は大きく報道され、世界が注視した。また、94年にルワンダで起きた部族対立による大規模なジェノサイドで、現地の医師団は国連や各国政府に向けて初めて軍事介入を要請する“声を上げた”。
メンバー自身も成長する。シリアで仕事をした日本人看護師の女性は空爆被害者の治療をしながら、この仕事が本当に戦争抑止に繋がるのかと悩む。しかし、帰国後、自らの経験と想いを高校生に伝える講演をたびたび行っているという。“声を上げ”始めたのだ。
日本では95年1月の阪神・淡路大震災発生時、すでに日本事務局を開設していた「国境なき医師団」の支援活動が大きな話題になったが、その活動を支えた日本人女性の存在が強く印象に残った。(戸田桂太)

分断の闇に寄り添うジャズの名作

NHKスぺシャル
「この素晴らしき世界 分断と闘ったジャズの聖地」
11月20日放送/21:00~21:50/日本放送協会

またこの名曲の力で納得させられた……そう思ってしまうぐらいこのスタンダード・ナンバーは素晴らしい。そして、この番組の重要なメッセージはまさにこの曲そのものにある。
経済格差の拡大や、人種、宗教、信条などをめぐる不寛容な風潮の高まりで、異質な他者に対する過剰な排斥行動が横行する現代社会。そこにコロナ禍による真の対話の途絶が加わる。
最先端都市・ニューヨークを舞台に、中国人と間違われて暴行を受け、利き腕に大きな損傷を受けた日本人ピアニスト、肌の色がもとで息子が犯罪者との濡れ衣を着せられたグラミー賞トランペット奏者、コロナ感染拡大で伝統の名店が危機に陥った三代目オーナーという3人を通して、この不寛容な社会の闇の深さと、それに立ち向かう人間の強さ、逞しさを描く。3人の共通点はジャズであり、バックにはこの名曲が繰り返し流される。
遠い大陸から無理やり連れてこられて、救いのない過酷な労働に従事させられてきたアフリカ系の人々の深い悲しみのなかから生まれ、何代にもわたりその心を癒やし、慰めてきたジャズ。その真髄を受け継ぐこの不朽の名曲が再びこの不幸な世界に寄り添う。
タイトルから、偏見に打ち克つスカッとするストーリーを期待したが、見終わって不明を恥じた。世界を覆う分断の深い闇のなか、この3人は人と人とのつながりを信じ、恐怖を乗り越えて今日を、そして明日を粘り強く、逞しく生きていく。そこには、辛く苦しい生活をあえて素晴らしい世界と歌う先人たちの英知があり、それこそが救いだと教えてくれる。
音楽は異なる人種やさまざまな違いを乗り越えて、無知を正し、憎しみを溶かしてくれるが、映像も同様である。束の間の娯楽や癒やしをネットメディアの映像コンテンツから得ている現代のわれわれには、このような番組こそが必要なのではないだろうか。分断と憎しみを超えた先には希望があり、この素晴らしい世界があることを忘れないために。(加藤久仁)

国策の矛盾が生む醜いスパイラル

ETV特集
「消えた技能実習生」
11月20日放送/23:00~24:00/日本放送協会

技術教育での国際貢献を目的とする国の制度のもと、40万人に上るといわれる外国人技能実習生。ETV特集は継続的に、技能実習生たちが劣悪な労働環境で搾取されている実態を追っているが、コロナ禍で彼らの環境はさらに厳しくなっている。
1年前に撮影された、仕事の激減で生活に困窮したベトナム人技能実習生たちが、食べるために田んぼでガマカエルを捕まえる衝撃的なシーンは彼らの追いつめられた状況を雄弁に伝えていた。しかし今回、取材班が改めてその事業所を訪れてみると10人中6人の技能実習生が姿を消していた。その行方を追う取材は、この国の矛盾と無策が彼らを負のスパイラルに追い込む実態を明るみに出していく。
現在、外国人技能実習生の半数はベトナム人だといわれる。彼らを親身に支援する「日越ともいき支援会」には、さまざまな理由で行き場を失った実習生たちが駆け込んでくる。コロナ禍で真っ先に賃金削減や解雇の対象とされ、ビザが切れても出入国遮断で帰国もできない。体調が悪くても保険証がなくコロナにかかって初めて保護対象になるという皮肉。
日本政府は緊急措置として特別活動ビザ、短期滞在ビザを発行しているが、ここでも大きな矛盾が発生している。技能実習生たちは自分の意思で転職が認められていないが、特別活動や短期ビザだと事実上転職が可能となる。劣悪な労働環境から脱出したいと今、技能実習生の間で転職バブルが発生しているという。だが闇社会に繋がるブローカーも跋扈しており、パスポートを担保に金を貸すヤミ金融も急増。そこにベトナム人を仲介するのは不法領域に落ちてしまった元技能実習生たちだが、彼らもまた日本人の半グレ集団に搾取されている。
技能実習生制度は国策であるにもかかわらず、入国管理庁も厚生労働省も反応はきわめてヒトゴトで、受け入れ国としての責任を果たしているとはとても言えない。この国で実際に起こっている醜い現実。直視しなければならないと教えられる。(古川柳子)

★「GALAC」2022年2月号掲載