AIは戦争のルールを変えていく
NHKスペシャル 2030 未来への分岐点(5)
「AI戦争 果てなき恐怖」
7月11日放送/21:00~21:50/日本放送協会
2020年9月、コーカサス地方のアゼルバイジャンとアルメニアの間で戦闘が始まった。両国は長年ナゴルノカラバフの領有権を巡って対立してきた。紛争はAI兵器を導入したアゼルバイジャンの事実上の勝利で終わった。この紛争で、アゼルバイジャンは160機を超えるAI搭載の自爆ドローンを投入し、塹壕に隠れる兵士などを次々に攻撃した。アルメニアの兵士は「ドローンは穴の中まで追いかけてきた」「1000人の部隊がほぼ全滅した」とその威力に怯える。軍事大国はAI兵器開発を進め、ロシアはロボット部隊の創設を、中国はAI軍事利用で頂点を、アメリカは一般の兵士とAIパイロットが混成した空軍の運用を目指している。
AIが武力攻撃なくして相手国のインフラなどを破壊する「グレーゾーン戦争」は従来の戦争の概念を覆す。ロシア軍の参謀総長は未来の戦争は非軍事的手段で相手を弱体化させることが中心となるというドクトリンを発表した。同番組では、2050年のある国家がサイバー攻撃によるフェイクニュースや電気、鉄道、金融などインフラへの攻撃で社会を分断され、騒乱状態となる様子をドラマとして描いている。
こうしたAI兵器などによって、これまで人類が築いてきた紛争のルールが維持できなくなる恐れがある。今、世界60カ国の若者が、「ストップ・キラーロボット」のキャンペーンで、各国政府にAI兵器の規制を働きかけている。国連ではAI兵器の規制について、「攻撃の判断は必ず人間が行う」「国際人道法を遵守する」というルールでは一致したものの、法的規制については意見が分かれている。一方、「グレーゾーン戦争」は、民間利用と軍事利用の線引きが曖昧なため、技術そのものに規制をかけるのは難しいとして、ハッカーなどが独自に行った行為もその責任を国家に課するというルールが検討されている。AIの進歩が制御できない戦争へ人類を導いてしまう恐ろしさと、すでに一部は現実のものとなって一刻の猶予も許されないことを突きつけられた。(石田研一)
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権力者は娯楽だって利用する
歴史探偵「戦争とエンターテインメント」
7月14日放送/22:30~23:15/日本放送協会
佐藤二朗扮する探偵所長とNHKアナウンサー「探偵」が歴史の謎を調査する「歴史探偵」は、今年3月に始まった。歴史番組のテーマといえば幕末以前の「人気の時代」に集中しがちだが、近代史、しかも日中戦争から第二次世界大戦の時代に焦点を当て、戦争とエンターテインメントの関係性に謎を設定した着眼がまず光る。戦時中は厳しい検閲で娯楽も封殺されたイメージが強いが、レコード喫茶ではハワイアン音楽なども親しまれていたという。「敵性音楽のはずなのになぜ?」という疑問から始まった戦時エンタメの実態調査は、プロパガンダの本質に迫る展開をみせた。
戦時中、国の政策を写真や漫画でわかりやすく知ることができると人気だった政府広報誌『写真週報』。この雑誌の記事タイトルで使われていた言葉を探偵が3年間175冊分数えあげてみると、「戦う」「衛る」などを抑えて最も多かったのは「明るく」という形容詞。「明るく戦おう」という使い方が頻発した背景に『写真週報』のプロパガンダ機能が浮かび上がる。
国民の戦意を揚げ戦争協力に誘うための人々の明るい笑顔の写真、鬼畜米英を浸透させる漫画、「南洋音楽」と呼び変えられたハワイアン。今日の笑いの定型「しゃべくり漫才」も戦場慰問から生まれていた。その生みの親、秋田實の漫才を現在の漫才師「ミキ」が再演してみると、検閲をすり抜け「庶民の本音」を漫才に織り込もうとした苦心がしのばれる。戦況悪化に伴って次々に娯楽劇場が閉鎖された背景には、「愚劣な娯楽の放置は許せない」などという市民の新聞投書が世論圧力となっていたことも見えてきた。
権力者が民意誘導のために娯楽を利用する例は歴史の中に数多あるが、そのことを自分の国の歴史として、バラエティ番組で知ることの意味はとても大きい。戦時中のエンターテインメントの功罪は、それを運んだメディアの功罪とも表裏一体だった。コロナという有事に直面する今、これは過去のことなのか?とも考えさせられた。今日に繋がる歴史からの視点、今後さらに開拓していってもらいたい。(古川柳子)
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生涯をかけた反核活動の記録
ETV特集
「白い灰の記憶~大石又七が歩んだ道~」
7月24日放送/23:00~24:00/日本放送協会
67年前、太平洋ビキニ環礁でアメリカの水爆実験に遭遇し、“死の灰”を浴びた静岡・焼津港のマグロ漁船「第五福竜丸」乗組員だった大石又七さんが今年3月、87歳で亡くなった。人生の後半生、彼はビキニでの被ばく体験を原点に、核廃絶を訴える活動を続け、中学生、高校生に向けた講演は700回を超えた。まさに、反核問題に正面から取り組んだ生涯だった。
番組では大石さんの人柄を語りながら、生涯をかけた反核の活動を記録している。だが、それだけではないのだ。この番組の核心には、ビキニ事件から今日に至る67年間の核兵器をめぐる世界の動きを視野に入れた持続的な問題意識があるように思う。
蓄積されてきた過去の番組の映像が効果的に使われている。焼津港に帰った第五福竜丸の船影や入院・検査に追い立てられた乗組員たちの不安げな表情のモノクロ画面が67年の歳月を感じさせる。
1992年放送のNHKスペシャル「又七の海」、2004年に大石さん自身がマーシャル諸島を訪れて、同じあの日に被ばくしたロンゲラップ島の人々と交流したレポートなど、大石さん自身の行動の記録も数多い。3.11の後、夢の島の展示館の第五福竜丸の甲板で収録されたETV特集「大江健三郎 大石又七 核をめぐる対話」も記憶に新しい。
いずれも核の問題を提起してきた過去の番組制作の蓄積が生かされ、その体験を次の世代の制作陣に引き継いでいこうという明確な意図が見える。NHKドキュメンタリーの底力といえるかもしれない。
大石さんの長女佳子さんのお話が、「大石又七」のイメージをより鮮明にした。大石さんの講演を聞いた盲目の中学生だった髙橋しのぶさんはかつての自分の点字の作文を読み返して微笑んでいる。母校の社会科の先生になった齊藤あずささんも大石さんに大きな影響を受けた。そして、第五福竜丸展示館学芸員の市田真理さんが、大石さんの仕事を引き継いでいくだろう。
大石さんについて語る登場人物はみんな女性だった。なぜか、それがとても興味深い。(戸田桂太)
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小一時間のフルコースの味わい
ドラマプレミア23「シェフは名探偵」
5月31日~8月2日放送/23:06~23:55/テレビ東京 スタジオブルー 「シェフは名探偵」製作委員会
外食ができない。こんな世界を誰が予想しただろう。一皿の料理から始まる物語の輝きに、レストランは、料理人の夢と、客の人生が詰まった人間交差点なのだと改めて思う。今やる意味を大いに感じた。
近藤史恵の小説『ビストロ・パ・マル』シリーズをドラマ化。注文や会話のちょっとした違和感から客の抱えた問題に気づいてしまうシェフの三舟(西島秀俊)が、料理の知識から意外な真実を解き明かしていく“グルメミステリー”だ。
素数にこだわるチョコレート職人の謎、ブイヤベースばかり注文する女性客の謎など、三舟が出会う謎はいろいろ。ある客の心の傷だった「元カレの最低のカスレ(煮込み料理)」は、味の成り立ちで見れば最高のカスレだった。料理という理系要素に三舟の温かみが乗り、客の積年の後悔やボタンのかけ違いがまったく別の輝きを放ち始める。真の友情を知ったり、家族との和解に走ったり。謎解きが「料理は人と人をつなぐ」という作品テーマにあざやかに着地する。
三舟が失踪した父親と再会する最終回。店名「パ・マル(悪くない)」の本当の意味、愛用のスツール、「牛肉のドーブ」という1話からの伏線3点セットが、料理に誠実に生きてきた父と子の絆に生き生きと回収された。原作の魅力を理解し、一度分解して連ドラに再構築する脚本の力が隅々にある。
違和感を二度見→「ちょっといいですか」発動→コック・タイに触れて推理開始→真実とともに味わう食後のヴァンショー(ホットワイン)。ライトな推理ドラマに欠かせないお約束作りがうまく、西島秀俊の全力の二度見につい笑う。店内ワンシチュエーションの演劇感や、委員の間で“ボラギノール演出”と話題になった静止画使いも、アットホームなこの店に合う。素敵な店の実感を、西島、濱田岳、神尾佑、石井杏奈の4人が最高のチームワークでみせてくれた。
脚本、演出、キャスト、すべての味が調和した小一時間のフルコース。実際ありそうなこの店で、彼らのヴァンショーを飲んでみたくなった。(梅田恵子)
★「GALAC」2021年10月号掲載