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【ギャラクシー賞テレビ部門10月度月間賞】-「GALAC」2021年1月号

NHKスペシャル
「香港 激動の記録~市民と“自由”の行方~」
10月18日放送/21:00~21:50/日本放送協会

 2019年6月、中国本土への容疑者引き渡しを可能とする条例改正に反対して200万人のデモが行われた香港。しかし、2020年6月、中国が香港に導入した国家安全維持法によって香港の自由と民主主義が危機に瀕している状況を描くドキュメンタリー。
 香港では、国家安全維持法が制定された後、抗議する市民や民主派の新聞社に対する警察などの締め付けが強化された。行政長官は「香港には三権分立はない」と明言し、立法会の選挙もコロナ禍を理由に1年間延期された。街角には民主主義を訴えるステッカーも見られなくなり、民主派と親中派に市民の分断が進んでいる。
 こうした状況のなかで揺れる市民たちの考えや行動を丹念に取材している。去年の取り締まりで起訴された運動家は公正な裁判は期待できないとロンドンに逃避した。立法会選挙への立候補を予定していた民主派の区議会議員は選挙の延期に抗議し、常に警察に監視されている。一方、香港経済界の代表や香港選出の全国人民代表大会常務委員は、「中国との一体化」が進むことで、経済の発展と安定に強い期待を示している。衣料品店の経営者は民主派に理解を示していたが、文化大革命を逃れて中国本土から香港に来て、財を成した父親は「民主主義ではメシは食えない」と意見が違った。経営者はいま親中派へと立場を変えて活路を見出そうとしている。デモが呼びかけられた現場などを走り回った学生記者は、「この1年でこんなに急激に変わるとは。言いたいことが言いたい」と嘆き、先行きに希望を見出せない。
 一国二制度の下、言論の自由が認められてきた香港が国家安全維持法の導入で急速に変化し「中国との一体化」が進み、香港市民の間に無力感が漂っている様子が描かれている。一国二制度を強く拒否している台湾についても「今日の香港は明日の台湾」と危機感が漂う。香港の現状を通して、東アジア地域での民主主義と自由の行方を深く考えさせる番組といえる。(石田研一)

しくじり先生 俺みたいになるな!!
「ガセネタに惑わされないための授業」
10月19日放送/24:15~24:45/テレビ朝日

 ゲストが先生役となり、事前に作成した教科書をもとにたったひとりで自ら犯した「しくじり」の原因や教訓を授業形式で講義するという、この番組独自のスタイルはすぐに評判となり、番組が開始した2014年10月度の月間賞も受賞した。翌15年にはゴールデンタイムに放送時間が変更するも、17年9月で一旦終了。その後、数回の特別番組を経て、19年4月に深夜番組として復活した。この間、著名人のしくじりだけではなく、歴史上の人物や映画、ゲーム会社など多様なジャンルのしくじりも扱うようになった。
 今回の受賞回もその一環で、カズレーザーが「ガセネタに惑わされないための授業」を行った。コロナ禍の昨今もトイレットペーパーなどがデマによって買い占められてしまうといったことが発生したばかり。情報に踊らされてしくじらないようにするための授業だ。
 カズレーザーはガセネタの種類を「デマ」「なりすまし」「フェイクニュース」と分類し、それぞれについて「T信用金庫事件」「ハレー彗星接近事件」「フィリピンの原始人発見事件」「(偽)エチオピア皇帝イギリス訪問事件」といった、過去に起こった代表的な事件を紹介。そのなかで「人間はネガティブな情報を信じてしまう傾向がある」というデイルマンという学者が唱えた「ガム・ミルク理論」や「小さなウソでも合わせると大きなデマになる」という「もうひとつの月理論」、「一部の情報だけを見て全てを判断しがち」な「いびつなアルマジロ理論」などガセネタを信じてしまうメカニズムを解明した理論を解説していく。
 聡明なカズレーザーらしく体系的で理路整然した授業。本当にそのまま教科書などに載せて、安易にデマを信じてしまう人には学んでほしい内容だ。と、思っていたら、番組の最後に、実は「ガム・ミルク理論」などの理論はカズレーザーがでっちあげたデタラメだということが明かされる。人は誰しも自分だけは騙されないと思いがちだが、番組に仕掛けられたデマによっていかに自分自身も情報を鵜呑みにしやすいかを実感させられる鮮やかな授業だった。(戸部田 誠)

サイエンスZERO
「“羽毛のある類人猿”カラス 驚異の知力に迫る」
10月25日放送/23:30~24:00/日本放送協会

 都会のカラスは嫌われ者だ。ゴミをあさる、人を襲う、フンをする。黒い図体も太い嘴も不吉な感じだ。でも、奴らの知能の高いことはみんな知っている。その驚くべき行為が話題になることもたびたびある。
 カラスが車道にクルミを置いて車に轢かせて割れた中身を食べた。公園の水飲み場の水道の栓を嘴で捻って水を出し、水浴びをしていた。スベリ台を滑って遊んでいる数羽のカラスを見た……ウーム。実は、筆者のまわりにもカラスファンは多い。
 番組ではカラスの生態の観察や能力を調べる実験を通じてカラスの知能(記憶力や判断力)を解明する研究を続ける杉田昭栄さん(宇都宮大学名誉教授)の解説を聞きながら、映像に記録されたさまざまなカラスの行動を見ていく。どの映像からも、カラスの驚くべき能力を思い知らされることになるのだが、いったい、カラスの脳はどうなっているのだろう。
 杉田さんがカラスの脳の標本を見せてくれる。カラスの脳は大型の鳥類の脳よりもずっと大きい。特に記憶脳である「海馬」や、知的判断や認知を担当するという大脳が非常に大きい。この大きな脳がカラスの行動を特徴づけているという。
 例えば「遊び」。カラスが遊ぶのは奴らが知性のようなものを備えているからだという。知性や知的好奇心が「遊び」(食物摂取でも生殖でもない行為――つまり文化!)を実現させているということらしい……。
 また、ある実験でカラスの前で回る回転盤の上にリンゴと肉が置いてある。カラスがリンゴを突くと回転が止まってしまい、遠くの肉は食べられない。何度かトライした後、カラスはリンゴが目の前に来ても、それを突かず、肉が来るのを待つようになった。経験を記憶して自制心が芽生えたのだ。杉田さんは「カラスには人の3歳児程度の自制心がある」という。より旨いものを食いたいという高度の欲望でもあろうか。
 筆者は理系の人間ではないが、カラスの振る舞いを目の当たりにしたおかげで、「サイエンス」も悪くないと再確認した次第であった。(戸田桂太)

「光秀のスマホ」
10月12~14、26~28日放送/23:40~23:45/日本放送協会

 明智光秀といえば、言うまでもなく今年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公。その光秀が生きた戦国時代にもしスマホが普及していたら、というSF的発想がまずユニークだ。ただ、このドラマの面白さは決してそれだけに留まらない。
 光秀を演じるのは山田孝之。とはいっても、全6回のうち光秀が劇中に顔を見せることは一度もない。山田孝之は声、そしてスマホを操作する指だけの演技で、映っているのは終始光秀のスマホの画面だけ。光秀の仕官から本能寺の変まで、すべてがスマホの画面のなかで進行していく。とても大胆な演出だ。だがそれでもこんなに多くのことが表現できてしまうのか、と驚かされる。
 声と画面から伝わってくる光秀は、クールな知将のイメージとは異なりとても人間臭い。世間の評判を気にしてはエゴサーチに励み、SNSのフォロワー数で同じ織田家家臣の秀吉(和田正人)に勝っているのを見てはほくそ笑む。謀反を決意したのはよいが、「敵は本能寺にあり」の「あり」を気がはやったのか「蟻」と誤変換したまま家臣たちに送ってしまうところなど、笑ってしまうだけでなく人間味に溢れている。
 スマホ画面の作り込みの芸の細かさも魅力だ。「LINE」とおぼしきアプリが「FUMI」なのは序の口。「石垣積む積む」「馳走ログ」「家臣マッチング」と並んだアプリ名や本能寺の変を伝えるネットニュースのコメント数が「1582」となっているのを見るだけでも思わずニヤリとなる。もし録画していたならば画面をいったん止めて隅々まで見たくなる密度の濃さで、実際筆者は“一時停止視聴”にはまってしまった。
 その一方で、全体は奇をてらった感じではなく、信長との確執、ライバル・秀吉との微妙な関係、そして光秀の妻子との深い絆など歴史ドラマとしての肝もきっちり押さえられている。1話5分という長さにネット動画時代のいまを感じさせる点なども併せ、従来の常識に囚われない新しい時代のドラマ作りへのヒントがたくさん詰まった快作である。(太田省一)

★「GALAC」2021年1月号掲載