コロナ禍の夜の街、リアルな姿
NHKスペシャル
「“夜の街”で生きる~歌舞伎町 試練の冬~」
1月30日放送/21:00~21:50/日本放送協会
新型コロナウイルスとの付き合いも2年目に入り、非常事態は日常化し、あらゆる人の生活に影響を与えている。なかでも人の移動によって成り立つ仕事に就く人は、ゴールが見えない厳しい状況に耐える日々が続いている。東京では昨年7月、感染拡大第二波の予兆に緊張が高まるなか、「夜の街」が感染源とされ、歌舞伎町はこの仮想敵空間の代表とみなされた。6月前半の東京の感染者数の4割強が「夜の街」関係者だったという報道の派手さに比べ、新宿区では行政と歌舞伎町の事業経営者が感染予防の勉強会を始め、官民一体で感染予防対策に取り組んでいる等の報道の地味さ。10月には東京もGoToキャンペーンの対象に入り、人の移動が促進されれば感染者数が増え、また標的にされるのではという危機感が歌舞伎町を覆う。
番組の収録は5回目の時短要請発出を表明した昨年11月25日から。ビルオーナーの桜井あき人さんは感染を止めるために全店舗で2週間休業しようと呼びかける。昨年以来の時短要請を受けた店が受けなかった店に客を取られ、再開しても戻ってこないという実態や、時短要請の協力金は都内全域同一金額で歌舞伎町では家賃にもならないこと、深夜営業の店にとって時短要請は休業要請と同じなど、歌舞伎町で働く人々の、要請を受けたくても受け難いという苦悩が描かれる。休業する店、要請を受ける店、受けない店という分断が歌舞伎町という共同体に生まれることを恐れ、2度目の緊急事態宣言下、時短に応じない店に対する罰則などを含む特別措置法の改正案がまとまった翌日、桜井さんはじめ深夜営業の経営者20人が新宿区長に実情を訴えた。面会後、ある経営者は罰則化に対する賛成意見が多いという意見に傷つき、悪者扱いするのはやめてほしい、私たちを知ってほしいと訴える。
この番組によって歌舞伎町の人々とその苦境を知り、行政のみならず私たち自身もここで働く人々を自分と同じ社会の一員とみる意識、多くは順法的に営業している正業という認識よりも悪所意識が勝り、不当な差別をしているのではと気づかされた。(細井尚子)
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子ども設定が生かされた作劇術
ドラマ25「直ちゃんは小学三年生」
1月8日~2月12日放送/24:52~25:23/テレビ東京 「直ちゃんは小学三年生」製作委員会 ラインバック
番組が始まる前は、大人が小学三年生を演じる設定を聞いて無理があるのでは、と疑っていた。だが、見続けていくうちに、まったく違和感はなくなっていった。直ちゃん役の杉野遥亮は、ことさら子どもっぽく小学生を演じようとするのではなく、子どものメンタリティのままドラマに溶け込んでいるように見えた。友だち・山ちょ役の竹原ピストルも、歌っているときの声の野太さからは想像できないくらい、気の弱い小学生になり切っていた。
ドラマは、地方都市に暮らす小学三年生の男子4人の視点からの世界の見え方、友だちや親との関係などを巧みに表現している。小学三年生の世界は、家と学校、その行き帰り、そして家の近所の遊び場と限られた広さだが、その世界で起きることは大人の世界の鏡でもある。例えば第3話、直ちゃんたちはゴミ拾い当番なのに、ふざけてばかりいる。同級生のますみ(堀田茜)が注意しても聞かず、「掃除は女がするもんだろう」などと口答えする。もちろん大人たちの性役割分業の受け売りなのだが、そのあと山ちょは「男なのに」花を育てるのが好きで、ますみは「女なのに」野球がうまくてと、直ちゃんは思い込んでいた性役割のおかしさに気づいていく。
ドラマの終盤、4人が通っていた駄菓子屋が突然閉店する。閉店のお知らせの貼り紙で、店主のおばあさんが死んだことを知る。そのうち、きんべ(渡邊圭祐)が飼っていたハムスターが亡くなり、直ちゃんたちは、生き物が死んだらどうなるんだと考え始める。最終話では、友だちグループの一人、てつちん(前原滉)が父親の仕事の関係で福島に転校することになる。子どもも出合うであろう喪失の体験を、ドラマの終盤に持ってきたのは巧みな展開である。
直ちゃんは現代の小学生なのだろうが、地方都市が舞台のせいだろうか、時間がゆっくり流れていて、自分の小学生時代に戻ったような錯覚に陥る。それだけ時代を超えた、普遍的なテーマと感覚を内包したドラマということなのであろう。(藤田真文)
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選択的夫婦別姓は国家観との闘いだった
ETV特集
「夫婦別姓 “結婚”できないふたりの取材日記」
2月17日放送/24:00~25:00/日本放送協会 鐵磁石 NHKエデュケーショナル
プロポーズした人から「結婚してもあなたの姓にはなりたくない」と言われたら、世の中の男性諸氏はどうするだろう。どちらかの姓を選択するか、事実婚しか選択肢はない。男の側からすると、相手の女性から言われない限り自分の姓を名乗ってくれるハズ、と思い込んでいるから悩むだろう。だが、それは裏を返せば、もはや根拠を失った「家制度」を、今でも日本社会が引きずっているにすぎないことの証だ。そんなことを考えさせてくれたのがこのETV特集だった。
この特集は、法律婚を選ばず夫婦別姓での「事実婚」を選択した高橋敬明さんと妻・神野明里さん二人のセルフドキュメンタリーである。番組は、高橋さんが明里さんにプロポーズしたところ、思いもよらない答えが返ってきたところから始まる。高橋さんは当初、明里さんの姓である神野を選択することを考えたが、両親に猛反対され、「親子の縁を切る」とまで言われた。そうした様子や、ETV特集らしく、夫婦同一姓にはかつて民法で規定されていた「家制度」の名残があり、そこには国を統治するための家族的国家観があると指摘する学者に、夫婦で取材する様子も描いている。また、別姓を選んだ夫婦を訪ねて話を聞いたり、自民党本部での勉強会に招かれた様子も自ら取材したりしていて、ようやく議論になってきた選択的夫婦別姓の法制化の現状も伝えている。
だが2人は、国会議員在職中から選択的夫婦別姓に反対してきた亀井静香氏を訪ねたことで、ある意味、選択的夫婦別姓の実現にはまだまだ大きな壁があることを思い知る。「日本は天皇の国。夫婦が、姓が一緒だ、別だと言うこともない。みんな天皇の子だから一緒!」。 突き放した亀井氏の言葉からは、自民党主流派を中心とする保守層には、いまだに天皇を中心とする家族的国家観が根強く残っていることが見て取れる。
選択的夫婦別姓の法制化は、この国家観との闘いなのだというメッセージが、この番組から伝わってくる。「早く法律的に結婚したい!」。高橋さんらの願いが一日でも早く実現することを願いたい。(桶田 敦)
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新しいドキュメンタリーの扉を開く
ストーリーズ ノーナレ
「クイズ 最高の一問」
2月22日放送/22:45~23:15/日本放送協会
主人公は矢野了平と日髙大介という日本を代表する現役クイズ作家。二人が、とある場所に設置されたボタンを押すとこんな声が聞こえてくる。
「日本屈指のクイズ作家、お二人に問題です。『人生最高の一問とは?』。お二人で協力して作って下さい」
一般的にクイズ作家がどんな仕事を担っているかは知られていない。それどころか、クイズ作家という職業があることすら知らない人は少なくないだろう。彼らに「人生最高の一問とは?」という問題を与えることで、クイズ作家の生態と、二人の人生を同時に浮かび上がらせるという切り口が秀逸だった。
彼らは同い年で高校時代にクイズプレイヤー同士という間柄で知り合い、そこからずっと盟友関係が続いている。最高のバディであり、最大のライバルだ。日髙が伝統的な「知識クイズ」を作るのが得意なのに対し、矢野はひらめきや発想系の新しい形式のクイズを作るのが得意で、タイプも真逆。番組ではそれをクイズの「過去」と「未来」を担う二人と解説していた。現在のテレビクイズの主流は後者で、日髙の矢野に対するコンプレックスもノーナレーションの映像から感じ取ることができる。数年前にうつ病を患った日髙は、この密着中にも新型コロナウイルスに感染する。そんななかで「人生最高の一問」という命題に向き合っていく。二人がそれぞれ出し合う「最高」の問題案。ここで面白いのは発想型の矢野が知識系の問題を、知識系の日髙が逆に新しい形式の問題を作ってきたことだ。日髙の案が採用され、「日髙が問題に込めた思いをムダにしちゃいけないなあと思ったし、じゃあそれをもっと面白くするというのが命題」と矢野がそれをブラッシュアップしていく。そうしてできた問題は二人の「現在」が詰まった問題だった。
日本のドキュメンタリー作品には珍しい凝った舞台設定やスタイリッシュなセットで作り込まれた映像と「ノーナレ」という手法が噛み合っていた。エンターテインメント性が高い本作はドキュメンタリー表現の可能性も示していた。(戸部田 誠)
★「GALAC」2021年5月号掲載