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【海外メディア最新事情】-「GALAC」2020年11月号

「シャーロック」よりも
「ストライク」

在英ジャーナリスト
小林恭子

 8月末からすでに秋の気配を感じるようになった、ロンドン。一瞬だった30度を超す日々が懐かしく思える一方で、新作ドラマが目白押しの秋が到来し、しばらく楽しい夜が続きそうだ。
 筆者のイチ押しは「私立探偵ストライク(原題はStrike)」(BBC)。日本ではスターチャンネルで3シリーズが放送されたが、それほど知名度が高くないドラマではないだろうか。
 原作は『ハリーポッター』シリーズで知られるJ・K・ローリングが、ロバート・ガルブレイス名義で書いた同名小説である(邦訳は『私立探偵コーモラン・ストライク』)。これまでに『カッコウの呼び声』(2013年)、『カイコの紡ぐ嘘』(14年)、『悪しき者たち』(15年)、『リーサル・ホワイト』(18年)、『トラブルド・ブラッド』(20年9月)の5冊が出版されている。英国では17年から『カッコウの呼び声』以降の作品が次々と制作・放送されており、第4作『リーサル・ホワイト』のテレビドラマ版が今年8月30日から9月13日まで放送された。

探偵と相棒のコンビが絶妙

 物語の設定は単純で、主人公となる私立探偵ストライクが相棒役となる女性ロビンとともに犯罪事件を解決していく。日本でも人気が高いベネディクト・カンバーバッチが探偵シャーロック・ホームズを演じ、ホームズの友人で医師のジョン・ワトソンをマーティン・フリーマンが演じたBBCの「SHERLOCK(シャーロック)」を彷彿させる設定だ。
 しかし、キャラクターはかなり異なる。「ストライク」の主人公コーモラン・ストライクはアフガン戦線で片足を失った退役軍人。ひげ面で大きめのコートを羽織り、もさっとした、冴えない男性である。対する相棒役のロビン・エラコットは大学を出たばかりの、才気煥発な女性だ。ワトソンがアフガン戦争の軍医であったので、あえてストライクとの共通点を探すとすればそれぐらい。
 ドラマの主眼は謎解きなのだが、サブ・プロットとして視聴者が目を離せないのがストライクとロビンの関係だ。人生をあきらめてしまったかのようなストライク。一方のロビンはてきぱきと仕事をこなすが、学生時代にレイプされた過去があり、時々、パニック障害に襲われる。表面的には明るさいっぱいだが、実は歯を食いしばってつらい現実を受け入れて生きようとする努力があった。
 ロビンが心の鎧を脱いだのは、自己卑下感が強いストライクが「嫌なら、いつでもやめてもいいんだよ。危険な仕事だしね」とロビンを振り払おうとしたときだ。「私にこの仕事をやらせて。どうしてもやりたい」と涙目で訴えるロビン。ロビンの情熱にほだされて、ストライクは「働いてもいいよ」と言わざるを得なくなる。
 仕事を通して次第にお互いへの尊敬の念を募らせる2人。尊敬は深い愛に変わっていく。しかし、ロビンには恋人がいて、第3シリーズの終わりには結婚までしてしまう。さて、2人の恋の行方はどうなるのか?
 ドラマのなかで、2人がロマンチックな会話を交わしたり、互いへの思いを相手に伝えたりする場面は皆無だ。それでも、視線が愛情を物語る。互いへの思いを声にできない切なさに胸が熱くなる。じれったいほどのそっけなさを見せる二人だが、実は……の部分をぜひ味わってほしい。

「生涯、この役だけを演じたい」

 ストライクを演じるのは俳優一家に生まれたトム・バーク(39歳)。ロンドンで育ち、王立演劇学校で学んだ。最近は「マスケティアーズ/三銃士」(BBC、14―16年。日本では「マスケティアーズ パリの四銃士」として16年以降放送)のアトス役、BBCのミニシリーズ「戦争と平和」(16年)では主人公となる伯爵の妻を寝取る男性フェージャ・ドーロフを非常に憎たらしい、嫌な奴として演じた。
 ロビン役は北部マンチェスター生まれのホリデイ・グレインジャー(32歳)。子役として活動した後大学に進学し、英文学を学ぶ。後に俳優業を本格的に始めた。「ストライク」が出世作となり、ディープフェイクの恐ろしさを描くドラマ「キャプチャー」(19年)では主人公役に抜擢された。
 雑誌『ラジオ・タイムズ』(8月29日―9月4日号)のインタビュー記事によると、グレインジャーとバークが初めて会ったのは11年、フランス映画『アーティスト』のオーディション会場だった。そこで互いに意気投合したという。今は同じ俳優エージェントのもとで仕事をしている。
 今後も同じ役を演じていきたいかと聞かれ、2人とも同時に「イエス」と答えている。バークは「生涯、この役だけを演じていたいという気持ちがある」とも。
 バークの当たり役となったストライクとロビンが活躍するこのドラマ、早く次のシリーズが見たい。「シャーロック」よりも「ストライク」である。

~著者プロフィール~
こばやし・ぎんこ メディアとネットの未来について原稿を執筆中。ブログ「英国メディアウオッチ」、著書『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)、『英国メディア史』(中公選書)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

★「GALAC」2020年11月号掲載