力強さを見せる
コロナ禍のテレビ業界
ジャーナリスト
津山恵子
怪我の功名 !? 一変したCM・広告
新型コロナウイルスの感染拡大で、米テレビ業界では、番組制作を一切ストップした状態が依然続いている。ニュース番組やトークショーも出演者らが自宅から放送する体制を続けてきた。毎年春に開催されるプライムタイムのCMの先行販売「アップフロント」も開かれず、業界の先行きは不透明な部分が多い。しかし、危機を通して新たな制作技術が生まれ、新しいタイプのCMが表れるなど、学びも多かった。
米4大ネットワーク局の本社があるニューヨーク市では、3月22日から出勤禁止・自宅待機のロックダウンが始まり、6月22日にやっと出勤禁止が解かれた。この間、ニュースやトークショーは、アンカーなど各出演者が自宅から参加し、コメンテーターもすべて自宅からSkypeなどで出演してきた。実は報道機関はエッセンシャル・ワーク(絶対不可欠な仕事)に入っており、出勤は可能だが、感染を防ぐため「社会的距離(約2メートル)」を確保しているという姿勢を視聴者に見せるためでもあった。
ロックダウンの間には、CMも大きく変化した。これまで目立っていた自動車、リゾート関連などのCMが消え、保険、医療サービス、日用品、薬品が増えた。意外なところでは、芝刈り機や除草剤、雨樋など日曜大工・ガーデニング関連が増えた。
モノを売ることを目的にしないCMも一時増えた。アップテンポではないドラマチックな音楽が鳴り、無人街に医療関係者がマスクをした顔が映った後、メッセージが出る。「あなたのためにここにいます」(ウォルマート)、「自宅待機しましょう、それができない人たちのためにも」(Uber)などだ。これは、消費者のことを考えているという姿勢を新型コロナ危機の間に見せることで、経済活動が再開した際、メッセージを見て好感を持ったブランドに消費者が戻ってくることを期待した形だ。
また、Z世代(2000〜2010年代生まれ)は、広告にメッセージ性を求めていることがわかってきた。サバンナ芸術&デザイン大学のジュディ・サルジンガー教授は、『ヴァニティ・フェア』誌にこう話した。
「Z世代は、広告は人々を癒し、寄り添わせるものであるべきだと考えています」
ニューヨークから学べること
新型コロナ危機の直後に広がった「Black Lives Matter(BLM、黒人の命は大切だ)」運動は、ニューヨークの観光名所タイムズ・スクエアの一部の企業看板を黒くした。象徴的だった真っ赤な画面のコカ・コーラでさえ、真っ黒な画面に「BLM」を白抜き文字で表示した。中西部ミネソタ州で、黒人男性ジョージ・フロイド氏が白人警官に首を圧迫されて死亡した事件から広がったBLMのデモは、ほとんどの参加者がZ世代とミレニアル世代(1980年〜2000年前半生まれ)だ。企業広告は彼らの訴えに共鳴しなければ、そっぽを向かれてしまう可能性がある。
このように、新型コロナ危機とBLMは、「売らんかな」一辺倒だった米国のCMや広告の姿を一変させた。危機が、マーケティングの手法に広がりを与えたという意味で「怪我の功名」とも言える。
一方、番組制作は復活するのか。ビデオリサーチUSAの谷口悦一社長は、こう指摘する。
「新型コロナ危機で、自宅でカメラを設置してコメディなどができる技術も進んだ。従来のように大スタジオでというよりも、ほかの形でクリエイティブな番組を作っていけることを放送局も学んだ。だから秋口からいい番組を作り、テレビ業界は復活するのでは、とみている」
スポーツ番組も夏から徐々に再開する。野球のメジャーリーグは、7〜9月に試合数を減らして再開することを選手の組合と交渉中。米プロバスケットボール協会(NBA)もシーズン再開を検討中だ(6月18日現在)。
また、11月3日には、米大統領選挙も控えている。8月に共和党大会、民主党大会がそれぞれ開かれ、トランプ大統領が共和党大統領候補に、ジョー・バイデン前副大統領が民主党大統領候補に正式に選ばれる見通しだ。その後、大統領候補らだけでなく、改選となる上下院議員やローカルの政治家のCMが激増するのは間違いない。
新型コロナの第2波は懸念されるが、マスクと社会的距離の実践で防ぐことができれば、テレビ局には前向きな材料が少ないわけではない。
米ネットワークテレビ局やケーブルテレビ局は、世界最大級の新型コロナ感染爆発地となったニューヨークで、知恵を絞りながら生き延びた。広告主もまた然りである。それによって、新しい番組制作のノウハウや、新しい広告スタイルも現れた。共通していたのは、テレビを介して視聴者にメッセージを送り、危機を最小限にすることに貢献し、そこから立ち上がろうとしたことだ。その意味で、日本のテレビ局も学べる点がある。
~著者プロフィール~
つやま・けいこ ニューヨーク在住のジャーナリスト。『AERA』『週刊ダイヤモンド』『週刊エコノミスト』に執筆。近著には、共著『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)がある。
★「GALAC」2020年8月号掲載