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【海外メディア最新事情1】-「GALAC」2020年7月号

〈特別編ヨーロッパ事情1〉
新型コロナで、広告収入激減、
番組不足の懸念も

在英ジャーナリスト
小林恭子

外出禁止令、その後

新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するため、3月23日、英国では外出禁止令が出た。例外は、一日一回、買い物、運動をする、あるいは医薬品などを買うために外に出る場合だ。同居する家族以外の2人以上が集まることは禁止。働く人は自宅勤務を奨励された。禁止令は5月中旬から少しずつ解除されてきたものの、他者と一定の距離を取る「社会的距離(ソーシャル・ディスタンシング)」が、広く語彙の一部となった昨今だ。
3月末以降、「不要不急」とされた多くの小売店が閉鎖を余儀なくされた。その後、次第に開店可能な店舗は増えていったが、店内ではほかの人と2メートルの距離を置く必要があるため、入店者数が制限され、長い列を作って自分の番を待つことになった。
英国ではもともと、市民にはマスクを着用する習慣がなかったが、最近ではつける人を若干見かけるようになってきた。

リモート出演・制作が恒常化

外出禁止令前後から、英放送界は続々と人員配置、番組編成を変更するようになった。収録中のドラマ撮影は中止され、ポッドキャストを含む複数の番組の制作が停止。視聴者をスタジオに集める形の番組は、視聴者を入れずに制作するようになった。BBCは人員削減するはずだった450人の雇用を続行することにし、新型コロナに関するニュース番組を拡充させている。ニュース番組は「コロナ一色」となった。
ニュース番組の司会者やコメントを出す専門家がリモートで「出演」する光景は今やおなじみだ。主要放送局の一つ、チャンネル4の看板報道番組「チャンネル4ニュース」は、メインの司会者ジョン・スノーが自宅の書斎から視聴者に話しかける。BBC日曜朝の時事番組「アンドリュー・マー・ショー」では、スタジオにいるのは司会者のマーとBBCの記者1名のみ。ほかの出演者はすべて自宅あるいは事務所から画面を通して出演する。マーが使うスタジオは別の報道番組との共同利用だという。できうる限り、制作スタッフの数を減らす試みが続いている。現場取材では、記者が取材対象者との間に距離を取る必要があるため、柄を長くしたマイクを相手に向けている。
同様に「定番」となったのが、連日の政府による記者会見だ。平日は午後5時、週末は午後4時から、官邸の会見室で閣僚1人が中央に立ち、科学あるいは医療の専門家1人か2人が脇につく形で行われている。所要時間は約1時間。まず閣僚が新型コロナの感染者数、検査数、死者数や政府の対策を説明した後、専門家が英国市民の移動状況(どの交通手段をどれぐらい使っているか)、入院状況、地域別の感染者数、世界的に見た死者数の比較などのグラフを示し、細かく説明する。
そのあと、一般市民および報道陣からの質問に閣僚らが答える。会見室には市民も報道陣もいないが、室内の大画面を通してリモート質問する。毎日、5、6ほどの媒体の記者が質問する。質問事項は事前に政府側には知らされないので、その場での臨機応変な対応が求められる。

「社会的距離」で、番組制作困難に

新型コロナ対策として社会的距離を取る必要が出たことで、大勢の人が一つの場所に集まって作業をする番組制作が大きく限定された。家にいる人が増えたことでテレビの視聴率は上昇しているものの、広告主が出稿を手控えて収入が下落し、収録済み番組の在庫は減る一方だ。民放最大手のITVは4月の広告収入が前年同期比で42%減少した。人気の連続ドラマ「エマーデイル」は5月末、「コロネーション・ストリート」は6月末までの分しかないという。
こうした状況を逆手に取ったのが、ITVで5月上旬から4日間放送された、ロックダウンをテーマにしたドラマ「アイソレーション・ストーリーズ」だ。それぞれのエピソードは俳優の自宅で撮影された。撮影したのは俳優の家族だ。撮影の訓練や制作の打ち合わせには、テレビ会議ソフト「Zoom」が使われた。出演した俳優のエディ・マーサンの場合、撮影者はメイクアップ・アーチストで妻のジャニーンさん。2人の息子も出演した。ジャニーンさんはBBCの番組のなかで「今後も撮影を続けたいですか」と聞かれ、「いいえ」と笑って答えていた。
このドラマは特別な例ではあったが、テクノロジーを駆使すれば、「それなりに」ドラマができてしまう――。プロの制作スタッフにとっては、別の意味で衝撃だったのではなかろうか。
プロの力を見せつけたのが、BBCのファーガス・ウォルシュ記者による、ロンドンのロイヤル・フリー病院からの現場リポート番組「COVID―19(新型コロナウイルス感染症)と戦う」(5月11日、12日放送)だ。医療記者として30年以上、国営の医療サービス(NHS)と信頼関係を築いてきたことで、ロックダウンの初日から取材が実現した。COVID―19発生後、英国内の病院の集中治療室に初めて報道媒体のカメラが入った。病院内の様子を「第三者の目」で見て、これを伝える役目をウォルシュ氏、撮影担当者兼編集者、プロデューサーが担ったのである。

~著者プロフィール~

こばやし・ぎんこ メディアとネットの未来について原稿を執筆中。ブログ「英国メディアウオッチ」、著書『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)、『英国メディア史』(中公選書)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

★「GALAC」2020年7月号掲載