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【ギャラクシー賞テレビ部門1月度月間賞】-「GALAC」2020年4月号

スペシャルドラマ
「ストレンジャー~上海の芥川龍之介~」

12月30日放送 /21:00~22:13/日本放送協会

なにより鮮烈な「血のクッキー」に惹かれる。大阪毎日新聞の専属契約の作家として上海に渡った芥川龍之介の『上海游記』に実はこの話はなく、別の『湖南の扇』に登場する薄幸の美女・玉蘭が処刑された愛人の血を浸み込ませたクッキーをかじる話と融合させている。ほか『アグニの神』などの短編を原作にしたオリジナルドラマ化は、第49回ギャラクシー賞テレビ部門大賞「カーネーション」の脚本を担当した渡辺あやの能力の高さによるところが大きい。さらに、そのセンスが上海の街並みや処刑場や水郷の超精細映像のなかで光り、独特の世界観をつくることに成功。無理にライトで補わなくても8Kカメラでは見えてしまうことを知りつくした映画カメラマン・北信康を撮影監督に起用したからこそ創り出せた映像美でもある。
どうしても気になるのは「血のクッキー」だが、同時期に「血饅頭」の俗習が書かれた魯迅の短編『薬』を、渡航前に芥川が参考に読んだかも知れないという研究論文まであって納得できた。さらに不穏な国際情勢のなか「日米開戦はいつからか?」と占い師に答えさせようとし、主な中国の政治家を登場させ、男娼のロウロウを労働運動争議で失い、その血に浸したクッキーを皆で口にする……実によく練られた脚本で、しかもそれに応えた演者、演出陣だった。大作を応援することにいささか躊躇いはあるが、4K、8Kの特性を生かした番組制作はまだまだ試行錯誤状態。新技術を使いこなして、古くて新しい題材に挑むチャレンジ精神には惜しみない拍手を送りたい。
芥川研究家によると生涯140の作品中、中国の伝奇・怪奇小説を題材にしているのは12編で、渡航前から中国に憧れていたことも知られている。しかし 『長江游記』などでの中国の現実を目にした失望ぶりは驚くほどなのに、1927年に自殺したときの着物は気に入っていた中国の布で仕立てた浴衣だったと番組は締めくくった。落胆しながらも、中国への敬愛ぶりがわかる。新型コロナウイルスの混乱が続く隣人に対しても敬う気持ちを忘れてはならない。(福島俊彦)

フジテレビ開局60周年特別企画
「教場」
1月4日、5日放送/21:00~23:10、21:00~23:24/フジテレビジョン

警察学校の若者たちと、適性を見抜いて立ちはだかるカリスマ教官、風間公親のダークな手腕。長岡弘樹のベストセラー小説を初映像化。50がらみ、白髪、隻眼。多くの俳優がやりたかったであろうこの役を、47歳の木村拓哉が生き生きと立ち上げた快作だ。
風間に必要な「ビジュアル」と「圧」の両面で、木村は大いにはまったと思う。初白髪で臨んだミステリアス感はもちろんのこと、向き合っただけで人や場を緊張させる風間の圧に、木村の圧がよく合うのだ。工藤阿須加、川口春奈、大島優子ら売れっ子が、木村相手にリアルに背筋が伸びていて、畏怖からの尊敬という物語の展開に臨場感がある。
緊張と不安が誘発する事件の数々。弱みを握ってスパイにしたり、昇降機の下敷きになった女性候補生を助けなかったり。トンデモな荒療治には必ず意味があり、それがわかる後日談に油断ならない愛がある。
作品全体は、風間の鬼指導で覚醒していく若者たちの青春群像劇だ。警察官に命を救われた元教師、恋人をひき逃げで失った元デザイナー、警察幹部を親に持つマドンナなど、読後感の異なる5つの物語が小さな接点でつながる短編連作の味わいが分厚い。
川口春奈と富田望生の友情を描いたエピソードは特に印象に残る。素質があるのに努力を怠るマドンナと、家の事情で退校せざるを得なくなった努力の虫の対比だ。警察官になる夢も、教官への淡い恋心も全部置いていった富田の万感が切なく、しっかり受け止めて覚悟を決めた川口もかっこいい。教え子の思いにあえて気づかない風間の優しさを、日課の水やりの背中だけで表現した木村の「静」の色気も新鮮だった。
絶対服従、罰則主義、連帯責任。褒めて育てる働き方改革の時代に一石を投じるハレーション性も、エンタメとして信頼できる。「苦しんでいる人に耳を傾けるのが警察官の仕事だ」。卒業する教え子一人ひとりを握手で送り出す端正な手から、風間教官の体温が伝わってきた。またこの人に会いたいと思える。木村拓哉の転機を見た実感が、申し分ない。(梅田恵子)

NHKスペシャル
「認知症の第一人者が認知症になった」
1月11日放送/21:00~21:49/日本放送協会

認知症になったら世界の見え方は変わるのだろうか。以前の人格は失われてしまうのだろうか。NHKスペシャル「認知症の第一人者が認知症になった」は、認知症の方の人生はそうでない人と同様に続いていくこと、むしろ認知症とはそれまでの人生が凝縮された、人生の新たな局面なのだということを教えてくれた。
本作の主人公である長谷川和夫さんは、日本の認知症医療を確立した精神科医である。その長谷川さんが認知症になった。彼は「自分の姿を見せることで、認知症とはなにか伝えたい」と、カメラを家に招き入れた。月評会では、「ドキュメンタリーは人選びで決まる、といわれるが、この魅力的な人物を見つけたことですでに成功している」と評された。彼を追うことで、認知症自体はもちろん、日本の認知症医療や介護の問題までが、「自分ごと」として見えてくるのだ。
実は、長谷川さんが提唱した認知症診断の方法は、「あまりにも簡単なことを聞くので、検査を受ける人のプライドが傷ついてしまう」という問題も指摘されている。本作のなかで、長谷川さん自身が、自らが提唱したデイケアの活動でプライドを傷つけられる経験をする。家族の負担を減らすために勧めてきたことが、いざ自分が認知症になってみると受け入れられない。長谷川さんは、家族が大変なのは「しょうがない」と言って、居心地のいいわが家に帰ってきてしまう。
家での長谷川さんは、時に鬱状態に陥りながらも、たいてい穏やかな顔をしている。彼にとって自宅は自分の「戦場」だ。認知症医療を確立すべく戦っていた過去の自分に戻れる場所であり、家族がそれを尊重してくれる場でもある。描かれる夫婦の関係性を見て、こんな老後を送りたいと思った人もいるかもしれない。
ただ、家族の負担はいかばかりか。実は番組を視聴後、認知症介護の当事者から「最後に妻が弾く『悲愴』が乱れるところが、今後の老老介護の展開を思わせて怖かった」と聞いた。介護される人とする人の人生の両立。認知症研究の第一人者が、いまだ残る課題を示している。(藤岡美玲)

テレメンタリー2020
「還暦で歩む医師の道」
1月26日放送/4:30~5:00/青森朝日放送

青森県十和田市立中央病院を舞台に、訪問診療に尽力する水野隆史医師(64歳)を追ったドキュメント。複数の選奨委員がまず驚き感嘆したのが、この人物の大胆な生き方であった。農水省でキャリア官僚として夜を徹して働き続けた後に50歳で医師を目指し、5年をかけて医学部に合格、還暦で医師免許を取得。役人としての人生にひと区切りをつけ、人と直接触れ合い、役に立つことを実感できる医師として生き直したいと決意した。その一念発起のきっかけとなったのがたまたま目にした新聞記事。62歳で医師免許を取得した一人の女性医師のことを知り、その背中を追うように猛勉強を続けたという。医学部への入学を目指す面接で「医師として何年働けるのか」「あなたが医師になることで、若者の芽を摘むことになるのでは」と問われ、逡巡の末、覚悟を新たにしたという。
水野医師は現在、地域の訪問診療を担い、高齢の患者たちを支えている。別れ際に「先生と握手すれば、死にたくなくなる」と満面の笑みを浮かべる女性。「まだ死ねないのか。早いほうがいい」とつぶやく老人に、「そんなこと言わないで頑張って」と優しく声をかけ励ます水野医師。相手の身になって考えられるのが唯一の強みと、自身について語る姿は、控えめながら人としての温かさに溢れて胸を打たれる。高齢化が進むこの国の地域医療で、医師不足の課題が深刻化するなか、医療現場に求められる人間性とは何かを深く考えさせられるシーンが丁寧に積み上げられる。
そんな水野医師が少年のように心を躍らせて面会を果たしたのが、あの新聞記事で知った安積雅子医師(81歳)。現在仙台の病院で若々しくハツラツと診療に携わり、患者に寄り添い親身に語りかける。水野医師と安積医師の二人が語らう笑顔からは、共に同じ信念を持ち、日々挑戦を続ける同志としての絆を感じた。
定年後の生き方が問われる時代に、夢を諦めずに努力を重ねさえすれば、誰にでも何歳になってもチャンスがあることを示唆し背中を押してくれる、確かなメッセージが秘められた秀作である。(小泉世津子)

★「GALAC」2020年4月号掲載