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【海外メディア最新事情】-「GALAC」2019年12月号

London
人間性を剥奪された世界を描く
「ハンドメイズ・テイル」とその後

在英ジャーナリスト
小林恭子

 米ドラマ「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」を見たことがあるだろうか。
日本では9月中旬から動画配信サービスのHuluでシーズン3が配信中だが、原案は1985年に出版された、カナダの作家マーガレット・アトウッドのディストピア小説『侍女の物語』(『The Handmaid’s Tale』)である。発売直後にベストセラーとなり、カナダ総督文学賞、アーサー・C・クラーク賞などを受賞。邦訳版は新潮社(1990年)、早川書房(2001年)から出ており、映画化(2009年)もされている。
 しかし、三十数年前の小説が新たな注目の的となったのは、2017年4月にHuluがオリジナルドラマとして配信を開始してからだ。筆者が住む英国では、同年5月から主要テレビ局の一つ「チャンネル4」で放送された。放送時間は毎週日曜の午後9時。日本だったら、TBS系「日曜劇場」を見るためにテレビの前に座る時間である。
シーズン1までは小説のドラマ化だったが、シーズン2以降は制作側のオリジナル。シーズン4の配信も予定されるなか、改めて「ハンドメイズ・テイル」を振り返ってみたい。

女性が子どもを産むモノになる世界

 物語の主人公は「オブフレッド」(英語では「オフレッド」と聞こえる)という名前の女性だ。なんだか変な名前だが、それもそのはず。これは「オブ・フレッド(Of Fred)」、つまり、「フレッドのもの」という意味である。「フレッド」とは、「司令官」という役職を持つ、屋敷の主人となる男性フレッド・ウオーターフォードだ。ドラマの語り部となるのは、フレッドが所有する「侍女(ハンドメイド)」である。
 「侍女」というと、普通は「貴人の身の回りの世話をする女性」という解釈になるが、ドラマのオブフレッドの唯一の役目は「主人の子を懐妊・出産すること」である。子どもを産むための道具として、オブフレッドは存在する。その意味を込めて、これ以降は「侍女」ではなく、「ハンドメイド」と表記したい。
 ドラマの設定は近未来の米国で、ハンドメイドたちは、キリスト教原理主義に日常が支配される宗教国家「ギリアデ共和国」に住んでいる。有色人種は迫害され、女性は男性よりも一段と低い存在とみなされ、職を持つことや読み書きを学ぶことから遠ざけられる。いたるところで相互監視が行われており、「エンジェル」と呼ばれる、銃を持った男性たちが通りを警備する。「異端者」とみなされれば、絞首刑になり、街角にある「壁」には処刑された人々の身体が吊るされている。
 環境汚染や原発事故などによって出生率が低下し、妊娠できる女性の数は限られている。「子どもを産める」と判断された女性たちは「ハンドメイド」として訓練を受け、支配層の「司令官」がいる家庭に送られる。
 ドラマが「小説を超えた」と思わせるのは、鮮烈なビジュアルイメージだ。国民は社会上の役割によって異なる制服を着ることが義務化されており、ハンドメイドたちの身体全体を覆う真っ赤なマントやドレス、白いつば付きの帽子は世界中の女性たちの抑圧に抵抗するシンボルとなった。
 子どもを産むための性行為や出産の場面の描写も衝撃的だ。ベッドに横たわるオブフレッドの両腕を後ろから支える妻。オブフレッドはドレスの裾をたくし上げ、下半身をあらわにする。司令官がやってきて、男性自身をオブフレッドの身体に挿入する。司令官もオブフレッドも無表情での行為だ。別のハンドメイドが無事、赤ん坊を出産するやいなや、ベッドで待つ妻に赤ん坊が運ばれる。本当に、ハンドメイドはモノでしかない。
 口答えをするハンドメイドは目を抉られたり、電流棒によって拷問されたりする。同性愛はご法度で、共和国創立前に女性をパートナーとしていたハンドメイドは女性器の一部を除去されたうえに、パートナーが絞首刑にされた。
 筆者はあまりにも内容が恐ろしいので、シリーズの途中からネット上に出ているあらすじを先に読んでから見るようになった。視聴後は数日間、気持ちが落ち込んだ。シーズン1は最後まで見たが、シーズン2は拷問場面に耐えられなくなり、視聴を止めてしまった。アトウッドによると、「現実世界で起きなかったことは入れていない」そうで、だからこそ恐ろしさが倍増した。人間性を一切剥奪された世界に生きるとはどういうことかをじっくり描くドラマだ。「現実とはまったく関係ない世界」として一蹴できるかを私たちに問う。

続編小説『テスタメンツ』を読んで

 『ハンドメイズ・テイル』の続編『テスタメンツ』が9月に出版され、これもあっという間にベストセラーになり、英文学賞ブッカー賞に選ばれた。筆者もさっそく手に取り、読んでみた。新刊は前作の15年ほど後の話だ。語り部はハンドメイドの訓練役「リディア叔母」と、ギリアドに住む女性「アグネス」、カナダに住む少女「デイジー」だ。元裁判官のリディアがなぜ拷問もするような怖い叔母になったのかが詳しく語られる。オブフレッドがその後どうなったのかも解明する。長いトンネルの先に、かすかな明かりが見えてきた。

~著者プロフィール~
こばやし・ぎんこ メディアとネットの未来について原稿を執筆中。ブログ「英国メディアウオッチ」、著書『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)、『英国メディア史』(中公選書)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

★「GALAC」2019年12月号掲載