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【海外メディア最新事情】-「GALAC」2019年11月号

Vienna ウィーン
激動の政変が塗り替えるメディア地図

ジャーナリスト 稲木せつ子

きっかけは6分半の覆面ビデオ

右傾化が進む欧州で、真っ先に極右政党が与党入りして注目されたオーストリアだが、1年足らずで連立政権が崩壊し、再選挙となった。きっかけは、5月にドイツメディアが公開した隠し撮りビデオだ。極右、自由党のシュトラッヘ党首が、スペインのリゾート地で、ロシア富豪と名乗る女性と密会した様子がまざまざと映っている。同氏は、多額の政治献金を申告せずに寄付する手口を指南し、その見返りに利益供与をほのめかすなどの問題発言をしていた。
オーストリアのメディアは蜂の巣をつついたような騒ぎになり、翌日、シュトラッヘ氏は記者会見で密会の事実を認め、副首相、党首の役職から退くと述べ、国民に謝罪した(※1)。
ここまでは、どの国でもありがちな不祥事だが、政治ドラマはここから二転三転する。
連立を組んでいた国民党のクルツ首相は、総選挙のやり直しを決め、自由党の金庫番をしていた大物閣僚の更迭を試みたが、自由党が強く反発。クルツ氏は「もうたくさんだ」と連立解消を決め、自由党の大臣を全員解任して、再選挙まで「少数与党」で政局を乗り切ろうとした。
混乱の最中に行われた欧州議会の選挙で、票を伸ばしたのはクルツ氏の国民党だった。支持拡大を喜んだのも束の間、翌日に野党と自由党が結託して内閣不信任を突きつけ、クルツ政権は戦後初の総辞職に追い込まれた。
ビデオが公開されてから、議会によるクルツ政府の「解任」までは、わずか8日間。ドラマのような展開に、多くの人々はテレビに釘付けになった。公共放送の「ORF」ではほぼ連日、5時間以上の報道特番を編成し、流動的な政局を伝えた。筆者は、同国に20年以上住んでいるが、これほど特番が続いたのは初めてだった。
「ORF」によると、クルツ首相が再選挙を発表した土曜夜の記者会見は、180万人が視聴(占拠率56%)したほか、不信任で総辞職に追い込まれた日の19時台のニュース番組も140万人が視聴(占拠率52%)し、記録的な数字となった。

新しいニュースメディアの台頭

民放のニュースでも視聴率の上乗せがあったが、最も躍進したのは3年前に開局されたニュース専門チャンネル「Oe24・TV」だった。保守系タブロイド誌が同社のオンライン動画サービスを拡張した形で生まれたテレビ局だ。「Oe24・TV」によると、シュトラッヘ氏が謝罪会見をし、再選挙が決まった日の平均視聴者数は35万人(占拠率2%)で、開局以来の高視聴となった。また、連立崩壊からEU議会選挙の投票日までの1週間で、12〜49歳の視聴シェアが1・4%となり、初めてオーストリアの民放「トップ5」に入ったという。
「Oe24・TV」の強みは、オーナーが著名なジャーナリストである点で、自らがトークショーのホストになり、大物政治家を次々と登場させ、インパクトのあるインタビューをしている。またタブロイド新聞のサイトでは、「Oe24・TV」がライブ視聴できるほか、新聞記事を補完する形で動画ニュースが掲載されており、高いオンデマンド視聴回数を得ている。
欧州では、紙媒体がオンラインで熱心に動画サービスを行っており、「Oe24・TV」の成功は、メディア融合のサービス形態にも起因する。
振り返ってみると、問題の動画をスクープ(※2)したのは、南ドイツ新聞とシュピーゲル誌で、それぞれのサイトで動画を公開したほかユーチューブでも同時公開している。
話をオーストリアに戻すと、同国の政治空白を埋めたのは、裁判官や官僚だ。新政府ができるまで政治家が一人もいない「暫定政府」が行政を司っている。皮肉だが、そのおかげで各党は9月末の選挙に向けて激しい戦いを繰り広げており、国民も相変わらず高い関心をもって報道番組を見ている。
紙媒体のテレビ事業進出に対抗し、民放局のプルスは、9月から新しいニュース専用チャンネル「プルス24」を開局した。報道番組はどこも好調で、プルスは参入する余地があると判断したのだろう。
ここでも感心したのは徹底した融合サービスで、同チャンネルは地上波、衛星、ケーブル、IPTVで視聴できるほか、開局当初からライブストリーミングやオンデマンド視聴が可能で、スマホ向けにアプリも用意されていた。
コンテンツ面でも、工夫をしている。選挙を前に各チャンネルでは、党首インタビューや、政治討論会など、さまざまなフォーマットの番組を放送しているが、「プルス24」では、党首インタビューの代わりに、タウンミーティング形式のスタジオセットを作り、司会者だけでなく一般市民が党首に対して厳しく質問する演出をした。画面には、答える党首と反論する質問者の表情が2分割画面で映し出され、緊張感が伝わってくる。これまでにない新鮮味を視聴者に提供した。政情不安は今も続いているのだが、メディアは活気づいている。

※1 謝罪はしたが、シュトラッヘ氏は汚職や不正献金はないと釈明。「隠し撮りをされた自分は被害者」と訴え、捜査当局に対し違法な隠し撮りの捜査を要請した。自由党をおとしめる「陰謀説」をとなえている。
※2 隠し撮りをしたのはドイツメディアではなく、動画は第三者から提供されたものだった。

~著者プロフィール~
いなき・せつこ 元日本テレビ、在ウィーンのジャーナリスト。退職後もニュース報道に携わりながら、欧州のテレビやメディア事情等について発信している。

★「GALAC」2019年11月号掲載