オリジナルコンテンツ

【ギャラクシー賞テレビ部門8月度月間賞】-「GALAC」2019年11月号

ETV特集
「忘れられた“ひろしま”~8万8千人が演じた“あの日”~」
8月10日放送/23:00~24:00/日本放送協会

タイトルが示すように、被爆者自ら参加して映画史上最大のエキストラで制作したにもかかわらず、存在そのものがなぜか忘れられてしまった『ひろしま』(関川秀雄監督)。映画本編のラストシーンで2万人の“本物”のエキストラの行進に圧倒され、文化的な財産価値を実感したと同時に、その疑問が私の撮像管にも焼きついてしまった。月丘夢路もノーギャラで出演し、市民が持ち寄った数十万点のリアルな小道具・衣類などの話題があっても、なぜ忘れ去られたのか? 先人の埋もれた作品を掘り起こす作業も映像関係者の使命なので、文化財継承と反戦を訴える小林開さん、オリバー・ストーン監督などの映画人たちや、サーロー節子さんなどのインタビューで厚みを増した本作品と、16日深夜の映画全編の放送は月間賞に値する。
同じ原作の『原爆の子――広島の少年少女のうったえ』から生まれた新藤兼人監督版の存在があることは番組で触れていないが、「原爆映画というと新藤監督の『原爆の子』だった」と見る評論家がいるように『ひろしま』の存在は薄い。物語性を前面に出した新藤版に対して、関川版は徹底的に再現にこだわったドキュメンタリー性が特徴であると今回よく理解できた。
米軍が広島の惨状を知らせようとしなかったプレスコードの存在や、反共政策も影響したと番組は言及しているが、タイトルの『原爆の子』と『ひろしま』のインパクトの差、また、その後の両監督の作品群の印象から新藤版を代表にしてしまったとも考えられる。それは、中部太平洋の核実験による被曝マグロ船が延べ約1000隻あったのに、第五福竜丸のたった1隻が被曝したかのような誤解に似ている。しかし、単純に類型化してしまうタブロイド思考は、多様性を失い思考停止の危険があることは言うまでもない。そういう意味でも本番組と『ひろしま』の存在は大きい。
この放送前にチケットを入手できたので、川喜多映画記念館で満員の本編上映会に参加することができた。関川監督を補佐した小林太平氏のお孫さんたちによる再上映活動も多としたい。(福島俊彦)

NHKスペシャル
「全貌 二・二六事件 ~最高機密文書で迫る~」
8月15日放送/19:30~20:43/日本放送協会

1936年、陸軍の青年将校たちが首相や大臣らを襲撃した近代日本最大の軍事クーデター「二・二六事件」。この歴史的な事件の一部始終を記録した極秘文書が83年経った今発見されたことにまず驚かされた。しかも密かに情報を収集していたのは海軍だったという事実。これまで陸軍の事件として語られてきた二・二六事件の認識を覆す大スクープである。5000ページに及ぶ資料を解析した専門家たちも息を呑んだという。
陸軍上層部が事件の裏で密かに進めていた策略や、陸軍と海軍が内戦直前だったという現実、さらには公にされてこなかった昭和天皇の知られざる行動など、これまで私たちが知ることのなかった新事実が次々に明らかにされていく。最も驚いたのは、海軍の首脳部が事件の1週間も前に襲撃の目標となる重臣たちや決起する首謀者たちの名前まで把握していたことである。海軍は事件の計画を事前にすべて知っていたにもかかわらず、何も手を打たずに黙認し、その事実すらもずっと闇に葬ってきたのである。
この番組が高く評価されたのは、もとよりそのスクープ性と丹念な取材、卓越した構成力である。現在100歳を超える元反乱部隊の隊員や陸軍鎮圧部隊の隊員、元海軍陸戦隊の隊員らの証言も生々しい。さらに特筆すべきなのはドキュメンタリーとしての手法である。極秘文書にリアルタイムで綴られた記述を厳選してナレーションで語り、緻密な再現ドラマとCGで陸軍と海軍の動きを詳細に紡ぐ。その丁寧な演出により分刻みで進む事件の緊迫した状況を立体的に映像化し、迫力のあるストーリーテリングを実現した。
日本はこの大事件からわずか9年後に壊滅的な敗戦を迎えることになる。番組の終盤で、現代社会の日常の風景と、そこに戦車がものものしく列をなす過去の様がオーバーラップして描かれる。その象徴的なエピローグからは、私たちが事実を知らされずに再び誤った道へ歩んではいないかと問いかける制作者の明確な問題意識が汲み取れる。作り手の使命感と覚悟によって満を持して放送された秀作である。(小泉世津子)

NHKスペシャル
「昭和天皇は何を語ったのか~初公開・秘録『拝謁記』~」
8月17日放送/21:00~22:00/日本放送協会

初代宮内庁長官であり、その前身である宮内府からトップを務めていた田島道治が、昭和24年から5年にわたり昭和天皇との対話を詳細に記録した「拝謁記」。そこには昭和天皇が繰り返し戦争への後悔を語り、悔恨と反省を国民に表明したいと希望していたことが記されている。まさに超一級の史料の発見である。
平和条約発効後の独立回復を祝う式典での「おことば」に悔恨と反省を盛り込みたいとする天皇に対し、当時の吉田茂首相から、それは天皇への戦争責任や退位への議論につながる可能性があるとの意見が出され、「おことば」案から削除される。その過程などが田島と昭和天皇の対話のなかに生々しく描かれており、旧憲法から新憲法へ、すなわち象徴としての天皇へと移る時代の経緯や、天皇がその時どのようなことを意識していたのかまでもが、そこには描き出されている。
この「拝謁記」はまさしく奇跡的に残っていた、なおかつほかにはない類の史料であろう。そしてその内容を、複数の専門家の協力で綿密に多角的に分析していくことで、この番組は昭和史の貴重な一場面に迫ることができている。ジャーナリズムの大きな役割の一つは、記録を残すことで歴史を刻み、後世に残すことである。同局の別番組だが二・二六事件の海軍側の記録といい、そしてこの拝謁記といい、これまで歴史上のまさに空白であった部分を探し出し、それまで見えていなかった部分を見えるようにすることに成功した貴重な作業であると言っていい。その探索と発見の労力にも敬意を表したい。
占領期の昭和天皇のほぼ肉声が推察されるこの記録からは、敗戦から独立日本へと向かうなかで天皇制はどうあるべきか、戦後日本をどう考えるかについてどのような議論がなされたのか、さまざまな新たな発見が含まれていて驚きを隠せない。のみならず、昭和の戦争とはなんだったのかを、改めてわれわれに強く問いかけてきてもいる。昭和天皇の悔恨や想いから何を考えるべきなのか、それはいまだ私たちの大きな課題であるのだと強く感じた番組である。(兼高聖雄)

ドラマイズム
「スカム」
7月2日~8月27日放送/25:28~25:58/毎日放送 avex pictures 「スカム」製作委員会

オレオレ詐欺に「ガチに就職」した大卒青年の破滅を描いたダークエンターテインメント。深夜枠を生かした大胆なバイオレンス描写を交え、行き詰まりの現代社会を疾走感溢れるタッチで描いた快作だ。
ルポライター鈴木大介のノンフィクション『老人喰い 高齢者を狙う詐欺の正体』(ちくま新書)を原案に、若者を勧誘する犯罪組織の手口が描かれる。彼を突いてくるのは、老人天国で割を食う若者層、という不公平感。経済を回さない「老害」たちの死に金を、社会に還元するのだという使命感だ。リーマン・ショックによる新卒切りという不条理を体験した主人公、草野誠実(杉野遥亮)には、こんな御託も響いてしまう。「老害ぶっ潰す!」と燃える彼も結局、組織にだまされ搾取されているのだという二重構造が分厚い。
スーツを着て出社し、仲間を得てがんがん成果を上げ、上司から「選ばれし5人」と褒められ、仕事のセンスを買われて店長に。こんな場所で努力、友情、勝利に歓喜している誠実の青春が不穏でやるせない。3月の月間賞となったNHKスペシャル「詐欺の子」(主演・中村蒼)は被害者との出会いで変わっていったけれど、こちらは突っ走ってしまった人の物語。億のノルマ、仲間の裏切りと死、母親のまさかの参戦など、怖い報いでむき出しの人間ドラマが描かれる。
連ドラ初主演、杉野遥亮の好演も光る。尊敬するボス役の大谷亮平、鬼軍曹ぶりが素晴らしい和田正人、憎めない相棒の前野朋哉ら魅力的な共演者を得て、自ら墜ちたダークサイドでも居場所を失う「普通の若者」の顛末を、大小さまざまな表現で立ち上げてくれた。夢破れた悔し涙、まるで小学生のような大騒ぎの逮捕シーンなど、どれも送り手の志と熱量を感じる名場面。新卒切りに遭わなければ無縁だったはずの地獄を共有しながら、ボタンを掛け違えたらこれは自分だったかも、という読後感がずっしりとある。
「世の中厳しいって? 誰も助けちゃくれないって? ふざけんなよ」。1話のセリフがまったく違う意味に回収されるラストに救われた。 (梅田恵子)

★「GALAC」2019年11月号掲載