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【海外メディア最新事情】-「GALAC」2020年2月号

SEOUL
悪質な書き込みが追いつめる
韓国芸能界事情

ジャーナリスト
安 暎姫

アイドル、俳優の相次ぐ自殺

韓国の放送局「JTBC」は、2019年6月から「悪質な書き込みの夜(日本語訳)」という少し変わったバラエティ番組を放送した。「スターたちが自分に付きまとう悪質な書き込みに対して虚心坦懐に話し合い、正しい書き込みのマナーや文化を考えてみる」というのがこの番組の趣旨である。
MCは4人で、芸人出身の名司会者であるシン・ドンヨプ、芸人のキム・スク、歌手出身だがバラエティに強いキム・ジョンミン、そしてアイドル出身のセレブ、ソルリが出演していた。「出演していた」と過去形である理由は、ソルリはすでにこの世におらず、彼女の死によって番組も打ち切りになったからだ。
韓国の芸能人は、SNSに悪質な書き込みをされる場合が多く、人気の代価として当然のように付きまとう。それをわざわざ「エゴサーチ」させて読ませるというのが冒頭の番組だ。非常に過酷ではないか。その4人のMCのなかにバッシングされやすいソルリがいた。番組では、MC以外に有名人ゲストを呼び、彼らに対するネットの書き込みをみんなで見ながら意見を交わすなどする。ソルリ自身への誹謗中傷もあったが、番組内での彼女はクールにそれらをかわし、自らの意見をきちんと述べていた。
しかし、19年10月にソルリは自殺した。そして、その親友であった元KARAのメンバー、ク・ハラも11月に自殺してしまった。さらに、12月には若手俳優のチャ・インハが自殺した。K―POPはBTS(防弾少年団)旋風によりさらに影響力を増し、韓流ドラマも依然人気を博しているのに、なぜその主役となる人々が自ら命を絶ってしまうのだろうか。
韓国では、10万人当たりの自殺者数が26・6人(韓国統計庁、死亡原因統計、18年)。全体の死亡原因のうち5位だが、10代から30代の死亡原因は1位、40代から50代の死亡原因は2位だ。これは自殺が深刻な社会問題であることを示している。OECD諸国のなかで自殺率が1位という不名誉なタイトルも冠している。

解決の動きはネットから

韓国の自殺率が高いのは、小さな国のなかで競争が激しい人生を余儀なくされているからだという。例えば、受験生に対しては「4当5落(4時間寝れば大学に合格するが、5時間寝ると落ちるという意味)」、小学生に向けても「今寝れば夢をみるが、今勉強をすれば夢を成し遂げられる」という厳しい格言があるほどだ。
だがこれは受験生だけに当てはまるものではない。アイドルに対しても韓国は厳しい物差しで見る。韓国でアイドルになるためには、他のメンバーとまったく同じ動きをするマスゲームのようなダンスが求められる。それを韓国では「カルチュム(刀踊り)」という。ナイフで切って揃えたような、キレキレの群舞をしなければならないからだ。日本のアイドルも男女交際を禁じることが多いが、韓国も同様だ。また、災害が起こると寄付をするなど、モラルの高い人格を求められる。有名になればなるほど、そういう基準は厳しくなる。
ソルリのイメージはアイドルのそれではなかった。彼女は「f(x)」というアイドル活動を経て女優に転身したが、女優がメインというよりはいわゆるファッション系のセレブといえた。身に着けるものすべてが注目され、SNSに投稿する写真が話題となった。ロリータファッションや、ノーブラの投稿に関しては、話題になるあまり批判を浴びたこともあった。そのような批判に対して、彼女は自分の主張をはっきり伝える人だった。堕胎罪が憲法不合致であると判決されたことを支持したり、女性が不便を感じるならブラジャーを着けなくてもいいと主張したりしてきた。一方で、謂れのない非難を受け、自分を隠し撮りするカメラにおびえて狭い路地を歩くなど、精神的に辛いということも発言していた。
ク・ハラは、KARAが解散して韓国に戻った後、元カレからのリベンジポルノに苦しんでいた。訴訟し、元カレは有罪となったものの、動画の流出などを依然として恐れていた。彼女に対しては応援のメッセージが多かったが、なかには彼女が整形したことに対して非難したり、悪質な書き込みをしたりする人もいた。
愛されていたスターたちが悪質な書き込みに傷つき自殺する事件が相次いだことで、韓国ではそれらを規制しようとする動きが出始めている。まずネットのポータルサイトが変わり始めた。カカオダウムは韓国シェア第2位の検索サイトであるが、ここでは、ソルリの死を機に芸能記事の書き込み欄を廃止した。また、韓国芸能マネジメント協会のソン・ソンミン会長は「禁止語を設定するなど、ネットの悪質な書き込み防止法を作り、処罰を強化して、これが犯罪であるという認識を植え付けることが大事だ」とし、「法・制度補完のための政界の関心が必要である」と述べた。ただ、根本的に悪質な書き込み文化をなくすことができるのか、まだまだ疑問である。
 
~著者プロフィール~
アン・ヨンヒ ソウル在住。日韓の会議通訳を務めながら、英語をはじめとする多国語の通訳・翻訳会社を経営している。ネットマガジンの『JBpress』で韓国文化について連載中。

★「GALAC」2020年2月号掲載