放送批評バックナンバー(1979年)






















 

No.131/1979年12月号

<特集>テレビの中の少女漫画/特集編集責任・中津 涼
テレビ化の実情(取材ルポ)/特集編集部
少女漫画はもうひとつのテレビである/斉藤次郎
少女まんがとその映像化(対談)/山岸涼子vs橋本治郎
花びらのメンタリー/飯田耕一郎
あなたはテレビの素材として少女まんがをどう思われますか
書評
  にっぽん芸人気質(矢野誠一著)/石崎勝久
  映像人類学(牛山純一著)/中島竜美
時評
  CM/黒川順治
  音楽/糸井重里
  雑誌/伊豫田康弘
  映画/井家上降幸
チャレンジ'79/福富 哲
作品論的タレント論26 若山富三郎 バカを演じたらバカになれるだろうが…/斉藤正治
ラジオ評/山県昭彦 井口泰子
私にとってラジオのルーツとは/飯島一彦 おすぎ
大衆てれび評判記/中津 涼
テレビ評/浅田 勝
 

No.130/1979年11月号

<特集>現代、テレビドラマツルギー
/特集編集責任・佐怒賀三夫
事実とフィクション…制作をめぐって/大山勝美vs藤久ミネ
演出者たり得るために…演出をめぐって/和田 勉vs佐藤忠男
近代劇のドラマツルギー…脚本をめぐって
/山田太一vs江藤文夫
女呪衆芸を語る…演技をめぐって/風吹ジュンvs鳥山 拡
地方と自然と人間…地方制作をめぐって/伊藤松朗vs守分寿男
インタビュー/山藤米子vs松尾羊一
アンケート 「今、テレビドラマについて思うこと」現伏と展望
/堀川敦厚
作品論的タレント論25 
森下愛子―次代の “感性” を託しうるか/斉藤正治
ラジオ評/山県昭彦 井口泰子
私にとってラジオのルーツとは/石松幹敏 横光 晃
チャレンジ'79/渡辺つとむ 磯野恭子
大衆てれび評判記/中津 涼
書評
  大衆文化としてのテレビ(川上 宏編)/清水英夫
  テレビ25年の記録CMグラフィティ(山川浩二編)/川上 宏
時評
  CM/黒川順治
  音楽/糸井重里
  雑誌/伊豫田康弘
  映画/井家上降幸
 

No.129/1979年9・10月号

<特集>われらドキュメンタリストは、今…
/特集編集責任・岡本 博
システム・ドキュメンタリーへ/北野栄三
ドキュメンタリスト棲息の条件/新井和子
美しくて哀しい世界を描きたい/木村栄文
座談会 わが “ドキュメンタリー” 博
/吉永春子 村木知之 岡本 博
「引揚港博多湾」にこだわって/上坪 隆
“出会い” と “発見” を求めつづけた15年/鈴木久雄
ブラウン管の中の同僚たち/工藤敏樹
“あたりまえのひと志向” のドキュメンタリー/市岡康子
陸にあがった河童のドキュメンタリー/正賀幸久
姿勢と時間の様態/戸井田道三
時評
  CM/黒川順治
  音楽/糸井重里
  雑誌/伊豫田康弘
  映画/井家上降幸
特別企画 “タレント” を考える
荒木一郎 “醜聞” 含蓋感覚(作品論的タレント論24)/斉藤正治
タレントに関する本のいわばブック・ジョッキー/松尾羊一
対論
  ぼくにとってのタレント/和田 勉
  芸者・人足の自覚を/小松方正
「蘇えるヒーローたち」ヒーローは裏切らない/小野耕世
われらが放送局「FM芸能文化」/久松保夫
おろされたタレントたち/鈴木義昭
ラジオ評/井口泰子・山県昭彦
私にとってラジオのルーツとは/みなみらんぼう 牛嶋史郎
書評
  地域メディア時代 コミュニティ情報をどうとらえるか(田村紀雄著)/服部孝章
  広島くらしのことば(中国放送編)/須藤出穂
チャレンジ!'79 “音” のメタファー/佐々木昭一郎
大衆てれび評判記/中津 涼
 

No.128/1979年8月号

<特集>「海賊放送」について考えてみた
/特集編集責任・田家秀樹
海賊放送の夢を考えると年なんかとってられない気がする 
糸居五郎氏に聞く/構成・田家秀樹
マス・メディアこそ、今、海賊的要素を必要としている/小野憲次
1978年。フランス全土で50局以上の「海賊放送」が確認された
/井上憲一
追跡取材 「日本の海賊たち」/清水一成
わが海賊放送はこんなプログラムでいく
/田村 隆 戸井十月 秦 豊
人口一千万の都会にAM5局FM2局 
'若者の “文化” が生まれるわけがないでしょう/水上はるこ
何だか放送局って簡単に作れるみたいです/Radio Kid
海賊放送を考えるのにやはり法律は無視できない
チャレンジ!'79
  深夜のワイドショー「11PM」の持ち味/渡辺 均
  「不毛地帯」を製作して/河野 宏
「ラジオを語る会」/ゲスト・黒井千次 構成・岩畔伸夫
騒乱の三里塚から延々と阿鼻叫換を聴かせた深夜放送が忘れられない
私にとってラジオのルーツとは 千差万別の想像画を鮮やかに/久米 宏
作品論的タレント論23 まどいつつ円熟していく “善人” 室田日出男/斉藤正治
大衆てれび評判記/中津 涼
音楽時評 「流行」のことを考えてまして/糸井重里
テレビ評 刑事番組がモテているというのでみてみた/竹内 裕
映画時評 みごとな問題作「十九歳の地図」/井家上降幸
雑誌時評 “省エネ・自粛” の矛盾つく松田論文/伊豫田康弘
書評
  新聞記者・アナウンサーへの道(斉藤正治著)/餌取章男
  音楽化社会(佐藤忠男・小泉文夫・井上ひさし・他)/関 光夫
CM時評 とぼけタレントとCM戦略/黒川順治
 

No.127/1979年7月号

<特集>テレビの肖像/特集編集責任・丸山邦男
放映25年間を再検討してみて、私たちはこう考える
放送ジャーナリストに問う
/柳田邦夫 猪野健治 岡留安則 石田路津子 小西 泉
女性専用席から/川本千織 高橋照子 後藤悦子
アナ君への注文
/井家上降幸 村島健一 田中祥太郎 田原総一朗
テレビ傍観席から
/藤田省三 澤地久枝 虫明亜呂無 森川方達 茶本繁正
都知事選から新宿ゴールデン街まで
/語り手・東郷 健 聞き手・丸山邦男
座談会 「ラジオ翔びなさい」/安達尚彦 小野憲次 林原博光 司会・井口泰子 山県昭彦
私にとってラジオのルーツとは 今に見ておれ!!/門川博美
音楽時評 アキラ的なるものをめぐって/糸井重里
CM時評 パルコCMは “悪夢” の世界/黒川順治
雑誌時評 「おすぎとピーコ」はなぜうける/伊豫田康弘
映画時評 期待にたがわぬ今村、新藤、工藤作品/井家上降幸
テレビ評/三平孝雄
大衆てれび評判記/中津 涼
チャレンジ!'79/佐野芳和 白石忠彦
書評
  新聞活用の知恵・100ポイント(堀川直義著)/城戸又一
  テレビを創った人びと(志賀信夫著)/山本隆則
作品論的タレント論22 美人志向なんて聞違いだ… 亜湖/斉藤正治
 

No.126/1979年6月号

<特集>“広報化時代”/特集編集責任・松田 浩
番宣最前線 事例研究―日本テレビPR部 ある番宣マン編
/取材・清水一成 構成・松尾羊一
座談会 “広報化” 時代を模索する
/安藤 純 井口文雄 杉山真太郎 司会・松田 浩
「西武スペシャル」の意味するもの/村木良彦
深く静かにエスカレートする覆面広報番組/羅尾 昆
テレビ番宣論/井上 宏
政府広報は今/角間 隆
広告とジャーナリズムの間/松田 浩
広報化時代のスペシャル戦略
  富士ゼロックス新しいテレビの道を求めて「ザ・スペシャル」
  /三堀邦夫
  日立製作所 スペシャル番組のイベント化/小平雅一
私にとってラジオのルーツとは
  人間くささ ポケット型インベーダー/近藤拾一
  東部軍管区情報/坂元良江
ラジオ評 スペシャル・ホット・ライン考/山県昭彦
聴取日記―喜・怒・哀・楽/井口泰子
音楽時評 「この人は何故いいのか」の時代/糸井重里
テレビ評
  喜劇のルネッサンスを目指せ/大橋正房
  守りの姿勢が古い/矢野誠一
映画時評 犯罪とともに人間を描く/西脇英夫
雑誌時評 「広告批評」の創刊/伊豫田康弘
書評
  アクセス権とは何か―マス・メディアと言論の自由(堀部政男著)/石村善治
  創造と表現の世界―テレビ脚本・タレント編(責任編集・大山勝美)/松尾羊一
チャレンジ!'79/鳴海景介 杉田成道
大衆てれび評判記/中津 涼
作品論的タレント論21 あこがれの “キャリア・ウーマン” 黒柳徹子/斉藤正治
 

No.125/1979年5月号

<特集>クイズ番組のオモテ・ウラ ブームの核心を衝く
/特集編集責任・伊豫田康弘
管理支配の時代を象徴するゲーム/上野昂志
クイズ番組の作法/紅月英介
醒メテ、ナニカ肯定的ナ…/松尾羊一
ラジオは知的なクイズ・メディアだ/汀 邦彦
座談会 クイズ番組ウラのウラ
/石井ひとし 小山鍾男 副島恒次 林利根男
アメリカのクイズ番組印象記
  クイズ番組の原像/上野圭一
  アメリカでみたクイズ番組/正木靹彦
  マジメな興奮/白井 博
  クイズ+ギャンブルゲーム/井上雅子
ドキュメント「クイズ・タイムショック」 クイズ番組のできるまで
座談会 80年代へのラジオ 文化放送「12時間超ワイド」
/小松一三 志賀信夫 田村紀雄 山県昭彦 司会・青木貞伸
私にとってラジオのルーツとは
  儲からない局の方が面白い?/上野圭一
ラジオ評 聴取日記―お祭り・CMのための/井口泰子
音楽時評 「醸性の時代」のアリス/糸井重里
映画時評 “第九” を歌えば幸せなのか!/西脇英夫
雑誌時評 「放送」はヤングのファッションになる?/伊豫田康弘
テレビ評
  表情のない表情から何を聞きとれるのか/鈴木 均
  あたらない “天気予報” に迫る/青木貞伸
書評
  文学にみる広告風物誌(槌田満文著)/正木靹彦
  現代テレビ批判(鈴木 均著)/八川敏昭
チャレンジ!'79/守分寿男 田村 隆
大衆てれび評判記/中津 涼
作品論的タレント論20 視聴率ケタ上げのエンターテナー 久米 宏/斉藤正治
 

No.124/1979年3・4月号

<特集>CF'79 70年代の総括と80年代への展望
/特集編集責任・石川弘義
総括座談会 一体、今の広告状況はどうなってるの!?
/梶 祐輔 滝島正男 松沢良昌 司会・石川弘義
企業・広告戦略
  サントリー/西門 溜
  パルコ/増田通二
  松下電器/鹿島研二
  桃屋/伊藤雄二
「ここで一息、ググッとな」/草森紳一
クリエティブ・現陽論/河野 修
イメソンおしまい論/伊藤アキラ
一億コマーシャル時代/柳原悦郎
CMと日本人特性/志津野知文
CM時評ワイド
座談会 国家・民衆における「宣伝」の位相/津村 喬 国弘正雄 司会・斉藤正治
私にとってラジオのルーツとは
  私は街の子 巷の子/安田 南
  パワーを 手ごたえを/林田慎一
ラジオ評
  屁をひっておかしくもなし/山県昭彦
  聴取日記―深夜放送の不思議性2/井口泰子
雑誌時評 「さすらいのチャンネラー」に物申す/伊豫田康弘
映画時評 人間の存在感・「赫い髪の女」/西脇英夫
音楽時評 私の悩んだり悩まなかったりしていること/糸井重里
テレビ評
  阿修羅のごとく/下重暁子
  サラムム/石崎勝久
  望郷/鳴海景介
  熱中時代/深見弘志
  熱い嵐/志賀信夫
書評
  職業としての広告マン(桜井順他)/川上 宏
  テレビのすべて(志賀信夫著)/佐怒賀三夫
  生録プロフェッショナル(玉井和雄著)/小松一三
大衆てれび評判記/中津 涼
作品論的タレント論19 珍重すべき “受け” 資質とバイタリティ 西田敏行/斉藤正治
 

No.123/1979年2月号

<特集>俗悪なるものへの視線/特集編集責任・大橋正房
「俗悪番組・ワースト7」の構造/鈴木 均
子どもたちの世論/高橋 豊
低俗とは/澤田隆治
「俗悪ゆえに我信ず」と言ってみたい/斉藤次郎
インタビュー構成 矢野顕子 だって、テレビはただの道具だもん
/聞き手・田家秀樹
ピンク・レディーがピンク・レディーを演じていた/山際淳司
華麗なるものへの変身/竹内和芳
テレビ子育ての記/田家正子
座談会 テレビ世代にとってテレビとは何であった、
      そして何であろうとするのか/司会・高山英男
私にとってラジオのルーツとは
  心の隙間へあたたかく/大橋照子
  音だけが作りだす無限の想像性/加藤士朗
ラジオ評 跳び箱とんだ番組を/山県昭彦
聴取日記―深夜放送の不思議性/井口泰子
音楽時評 ピンクはグリーンになれない/桜井 順
CM時評 ともかくも筑波まで行ってテレビを語ってきた/津村 喬
映画時評 松田の優ちゃん、アソビマショ!という キミたちオトコの子/北川れい子
雑誌時評 壁新聞が貼られるのをだれか見たか/伊豫田康弘
書評
  「新日本文学」の運―歴史と現在(田所 泉著)/津田 類
  大衆てれび評判記/中津 涼
作品論的タレント論18 非映画時代に現れた映画の “大型新人” 永島敏行/斉藤正治
今野勉より千家紀彦氏へ 本誌1978年9・10月合併号掲載 
千家紀彦氏の「獅子のごとく」評をめぐって
千家紀彦より今野勉氏へ 今野勉氏の手紙に応えて
 

No.122/1979年1月号

<特集>世界のテレビ/特集編集責任・志賀信夫
テレビの将来を考える五つのポイント/後藤和彦
対談 ヨーロッパのテレビと日本のテレビ
/ジャン・マルク・ポチエズvs萩野弘己
対談 アメリカのテレビと日本のテレビ
/ブルース・ダニングvs北代淳二
宇宙へ画策する中国のテレビ/石井清司
台湾テレビ事情/望月和郎
提言 海外のテレビをみて日本でもやってもらいたいこと
/志賀信夫
私にとってラジオのルーツとは
  わが青春の “ラジオドラマ”/村瀬正彦
  クロスメディア/高橋佑慈
ラジオ評 若ものの変化傾向を巧みに捉えた新情報番組/三平孝雄
聴取日記―コミュニケーション困難/井口泰子
CM時評 広告と文学の相互浸透/津村 喬
音楽時評 山下洋輔式カイロのすすめ/桜井 順
雑誌時評 放送界 “入材登用制” の勧め/伊豫田康弘
テレビ評
  首狩り族の心擾しさ/鷲見徹也
  下町人情ものの流行/吉田知恵男
映画時評 ののしり合いの効用/北川れい子
書評
  印象(草森紳一著)/加東康一
  世界ドキュメンタリー史(E・バーナウ著)/入中 秀
大衆てれび評判記/中津 涼
作品論的タレント論17 悪玉のパターンかえた露悪(?)趣味者 金子信雄/斉藤正治


BACK / HOME / NEXT

 
更新:2011/7/5



プライバシーポリシーこのサイトについてお問い合わせ/MAP