放送批評バックナンバー(1976年)






















 

No.101/1976年12月号

日本列島スコープ 始まりのための終わり/西村孝昭
番組評
ラジオ評 起承転々たる!/山県昭彦4
テレビ評
  米大統領選特番にみる報道部の功績/石井清司
  「パネルクイズ・アタック25」/松岡貴江
  テレビ・ルポルタージュ「記者ありき」/青木貞伸
  「ローゼンバーグの遺児・23年目の再審請求」/中島竜美
<特集>〔放送批評〕の磁場をもとめて
テレビはジャーナリズムたりうるか/矢崎泰久 瓜生忠夫
テレビ・ドラマは〔祈り〕なんかではない/岩間芳樹
広告の批評と批評する広告/木下 功 津村 喬
無名戦後生まれテレビッ子による不在者座談会
作品論的タレント論1
「麗子」はサディスト!?―渡辺とく子/斉藤正治
にゅう・てれびずむ2 大衆てれび評判記/小橋正哉
天皇陛下、バンザーイ/繁田能夢
ティーチイルレポート 聴かれるラジオを考える
時評 メディア作用 洗うべき天皇制の地下部分/津村 喬
雑誌評 原子炉事故の疑惑/田原総一朗
書評
  メディアの周辺(加藤秀俊著)/田所 泉
  幻視の美学(松本俊夫著)/石崎浩一郎
音楽時評 ビートルズを求めるのは誰か/田家秀樹
 

No.100/1976年11月号

番組評
ラジオ評 アブク銭の使い途について/山県昭彦
テレビ評
  そう新しくはなれません/伊藤紫英
  「おとなの漫画」を通して/繁田能夢
  「遠い国近い国 世界のどこかで」/竹内和芳
  また悠木千帆か…/三平孝雄
日本列島スコープ アイラブひろしま/岡部 茂
<特集>選挙とテレビ
政治評論家の予想はなぜ当たらないのか/大野明男
タレント議員と議員タレント/鈴木 均
テレビ状況下の直接民主主義の可能性/後藤和彦
選挙・マーケティング論/笹川 巌
選挙放送の構造を問う/田所 泉
にゅう・てれびずむ1 大衆てれび評判記/三田村鳶我蝶
私にとってのTV&タレント/桑原 宏
日本列島スコープ番外地編 現実は幻影の真直中にあった!/山田龍蹊
時評 メディア作用 「危機演出」の時代/津村 喬
書評
  ルポライター入門(青地 晨編)/松尾羊一
  逃げる民(鎌田 慧著) 続・出かせぎの記録(三橋 清著)/正木靹彦
雑誌評 太平洋地殻変動/田原総一朗
音楽時評 ゴースト・ライダーで何故悪い/田家秀樹
 

No.99/1976年10月号

日本列島スコープ 九州で取材して/上坪 隆
番組評
テレビ評
  欧米のテレビを見ざるの記/清水英夫
  映画監督競作シリーズ「われらの主役(1)萩本欽一」
  /和田 努
  あまりヒヤヒヤさせるな/吉田智恵男
ラジオ評 民放祭の社会番組を聴く/山県昭彦
<特集>テレビの中の映画空間
長時間ドラマの可能性/大村哲夫 山本隆則
テレビ映画の未来/森川時久
テレビの中の映画観客論/白井佳夫
座談会 ロッキード事件・テレビ報道の総括
/稲継文彦 庭蹴 高比良昭夫 辰己慎次 椿 貞良 鈴木 均 ばばこういち
時評 メディア作用 “冷静な狂気” ついて/津村 喬
書評
  現代マスコミ論(稲葉三千男著)/仲佐秀雄
  「アメリカ人」D・ブァスティン著/後藤和彦
雑誌評 透明族の次にくるもの/田原総一朗
音楽時評 「アメリカ録音」と「内なる日本」/田家秀樹
 

No.98/1976年8・9月号

日本列島スコープ 「ある執念」を追って/磯野恭子
番組評
テレビ評
  きょうの料理(再)/小林正哉
  いわゆる「海外紹介番組」/荒瀬 豊
  「Gメン75」/渡嘉敷唯夫
  スポーツの夏・テレビ/水野 肇
  『ビッグ・ショー』で歌手はなぜ泣くか/川島康之
ラジオ評
  いらっしゃい私の良い子ちゃん/山県昭彦
  再びトーク物への兆し/小松一三
<特集>イフ史観によるTV批評
はじめに編集部から
2Cの怪・終戦原爆報道/鈴木 均
アノころの中継報道番組/青木貞伸
アノころのドラマ番組/松尾羊一
アノころの歌謡番組/ばばこういち
アノころのジャリ向け番組/水沢 周
アノころのワイドショー番組/水原昭夫
アノころの視聴者御登場番組/大橋正房
焼け跡・星空・腹ペコ天使/田家秀樹
アノころの深夜お色気番組/松本 醇
アノころのラジオ番組/あがたはじめ
戦後30年の若者文化/ななし手・東由多加 田中秋夫 きき手/構成・田家秀樹
時評 メディア作用 国家の論理VS.人民の論理/津村 喬
書評
  今野勉のテレビズム宣言(今野 勉著)/鈴木 均
  現代の映像・しなやかな独歩行(田原総一朗著)/斉藤正治
  異邦人モラエス(四国放送編)/阿久根靖夫
雑誌評 朝日ジャーナル/田原総一朗
音楽時評 「ニューミュージック」と活字「文化」/田家秀樹
 

No.97/1976年7月号

日本列島スコープ ニュースの現場から/天羽迪人
番組評
ラジオ評/山県昭彦
テレビ評
  ダーク・ダックスの25時間テレソン『生きる』/秩父久方
  『新・教育番組診断』/中島竜美
<特集>都鄙の思想
テレビ都鄙論/鈴木 均
大都市周辺地柏市からみたテレビ/しまねきよし
生産者としての復権を/前田俊彦20
広域圏 UHF各局と “柔構造” 番組構成/伊豫田康弘
都鄙の情景/大橋正房
「旅のカタログ」と「放浪」感/田家秀樹
地方見直し論/寒河江正
座談会 『いわゆる「中央」VS.「地方」を超ゆるもの』
/青木貞伸 田村紀雄 松尾羊一 森 英人
時評 メディア作用 同床異夢の「禄喰奴」政治/津村 喬
書評
  VTR-CMハンドブック(横内栄治著)/ほりとおる
  チーちゃん、ごめんね(成田敦子著)/鎌内啓子
雑誌評 「灰色高官」のプライバシーと書き手の主体性/田原総一朗
音楽時評 出世物語のなかの都と田舎/田家秀樹
 

No.96/1976年6月号

番組評
  パーソナリティの顔、そして/山県昭彦
  人はかわれど、時はかわらず/小松一三
  近ごろの連ドラ考/井口泰子
  老女が好むヘンシーンと殺人の時代劇/林 冬子
  「教育に未来を求めて・同和保育の歩み」/須藤出穂
  四月度新番組をのぞく/佐怒賀三夫×鈴木 均
<特集>幻のテレビを求めて
宗教・芸能・テレビ/野崎 茂
テレビジョンのなかのプロ野球/鈴木武樹
幻のテレビのべールを剥ぐものは誰か/末永基晴
ブラウン管を遠く離れて/田家秀樹
地方自治体のなかから/津田 類
<特集>番外地千葉からテレビを撃つ/鳴海景介
時評 メディア作用 真相はえぐりとるものだ/津村 喬
書評
  ジャーナリズムとは何か(鈴木 均著)/藤竹 暁
  戦後日本をダメにした100人(ばばこういち著)/小沢遼子
雑誌評 レフリーではない、プレイヤーとしての追求を/田原総一朗
音楽時評
  愛入殺入事件と自主規/田家秀樹
  日本列島スコープ「日本列島いずこも同じ」という場/木村こう介
 

No.95/1976年5月号

番組評
  3月のラジオから/山県昭彦
  土曜ドラマ「劇画シリーズ」「花に棲む」/清水 昶
  「寺島町奇譚」/橋本 勝
  「紅い花」/鈴木志郎康
<特集>テレビは子守りも致します
幼児番組についての「私」論/田宮 武
攻撃目標は幼児にしぼられた/森 忠彦
幼児・子供番組における人形の存在および人形表現について
/清水浩二
テレビCMの中の子供像/松尾羊一
録音構成・幼児に見える幼児番組/近藤純夫
ガキといっしょに幼児番組をのぞき見していた/大橋正房
大人がつくった枠の中でしか子供たちは生きられないか!?/坂元良江
子供たちはテレビを撃つか/末永蒼生
トゲと毒と媚/山元護久
まいにちまいにち(たいやき……)ばかり/野田昌宏
特集への手引き・子供をめぐる三冊の本/山中 恒
時評
  メディア作用 ロッキード・スキャンダルは利用されている/津村 喬
  日本列島スコープ 家庭教育相談事業「三才児の世界」を制作して/武田恍二郎
書評 悪のりドンファン(草森紳一著)/鈴木 均
雑誌評 「のびのび」/阿久根靖夫
音楽時評 「“タイ焼きクン” がナツメロになるとき」/田家秀樹
 

No.94/1976年4月号

番組評
  ラジオの「月山」二作/山県昭彦
  実験と停滞と堕落「日曜劇場」1000回記念番組/白井佳夫
  絵本とTVの接点 世界の絵本/滑川道夫
  決裂への道 トルーマン対マッカーサーザ・スペシャル
  /中島竜美
  ローカルをみつめて/稲福健蔵
<特集>ぶっちゃけたところでラジオとは 
      多元時間を切りとるアンテナ/相倉久人
今、もし24時間ロックンロールを流しているような放送局があれば 
もう少し日本は良くなるだろうと確信している/北山耕平
中波・FM時代以降の新展開をさぐる/志賀信夫
誌上録音構成・ラジオきいていますよ/西山征男
現場からのレポート/金森千栄子
ヨットの上でのラジオ/小林則子
音の河の中にいる私たち/沙河はじめ
CMクリエイティヴの発想/五井千鶴子
ラジオの咳/川崎 洋
書評 青春について(大島 渚著)/斉藤正治
雑誌評「牧神」/阿久根靖男
時評 メディア作用 ロッキード事件と演出された過熱状態/津村 喬
音楽時評 「金芝河支援コンサート」と「芸能会の黒いピーナッツ」/田家秀樹
 

No.93/1976年3月号

番組評
  師走のラジオから/山県昭彦
  対談ドキュメント/阿部 進
  風と雲と虹と/麻生千晶・田山力哉
  芸能生活30周年記念 美空ひばり/草森紳一
<特集>視聴者が「番組]を解体する―テレビ自身の無限地獄
テレビの敵は視聴者だ!/田原総一朗
前略、ブラウン管様/田家秀樹
ワイド「番組」からワイド「実況」へ/永畑恭典
つげ義春と私/佐々木昭一郎
受信料拒否の論理への疑問/鈴木 均
放こん3つの企画
U・千葉テレビでの冒険始末記/末永基晴
「選奨会議」発足と今後の選奨/大橋正房
放送批評懇談会小史の作成について/鈴木 均
セミナー報告 ENGセミナーを終えて/青木貞伸
時評 メディア作用 第一回広告「大賞」/津村 喬
音楽時評/田家秀樹
書評欄/田所 泉 大橋正房 三平孝雄
 

No.92/1976年1・2月号

番組評
  欽ちゃんのドンとやってみよう!/田山力哉
  痛快!河内山宗俊/津田 類
  きょうの料理/松尾羊一
  若い広場/田家秀樹
<特集>放送批評の現代的指標
テレビは批評をも含意する『鏡』である/松尾羊一
対談 “個” と “普遍性” の振幅においていかにテレビ批評を
    成立させるか/山本 明×太田欣三
真に放送文化を向上させるものは何か/鈴木 均
「環境批評」提唱/藤竹 暁
放送番組は私有を拒む/斉藤正治
前略テレビ様/川本三郎
放送批評家は安泰デス/鳥山 拡
熱い番組について/佐藤忠男
「心と精神」をめぐるモンダイ/井口泰子
もっともっとご案内して欲しいのです/大橋正房
中間的な領域としての機能/石崎浩一郎
紆余の過程で得た視点/青木貞伸
テレビジョン同時代者群 最終回 昭和50年の空間・農を軸として/鳥山 拡
時評
  メディア作用 スト権スト・自閉の体系の揺ぎの中で/津村 喬
  アーティクル・アプロード4「アクセス」/堀部政男
書評/田所 泉 大橋正房


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更新:2011/7/4



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